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「日本は時限爆弾」という神話を事実と分けて考える

日本は、巨額の政府債務と厳しい財政見通しを背景に、しばしば「時限爆弾」と形容されてきました。近年では、日本国債(JGB)の金利急上昇が「世界的な金融市場の崩壊(アルマゲドン)」を招くとの誇張された懸念も広がっています。本稿では、過度な懸念に対して、実証的な視点からバランスの取れた見解を提示します。

Senior Fixed Income Strategist

誤解されがちな3つの核心ポイント:

  • 神話 1:日本は債務残高がGDP比250%に達しており、時限爆弾のような存在である
  • 神話 2:財政不安により、日本は長期国債のコントロールを失うリスク(金利暴騰)がある
  • 神話 3:JGB金利上昇は大量の資金回帰を招き、世界金融市場の崩壊(アルマゲドン)の引き金になる

神話 1:日本は債務がGDPの250%もあり、時限爆弾のような状態である

事実:実際には、日本の「純債務残高」はGDP比で約140%と、はるかに低く、管理可能な水準です(図1と図2参照)。

国の債務を評価する際には、「総債務残高」だけでなく、「金融資産を差し引いた純債務残高」で見ることが重要です。日本政府は多くの資産を保有しており、多額の外貨準備、政府系金融機関や年金基金などが含まれますと、これらの資産が債務を相殺しています。

  • 総債務残高のGDP比:2020年の250%から2024年には約240%に減少
  • 純債務残高のGDP比:2020年の160%から2024年には約140%に改善

さらに、日本は世界有数の「純債権国」であり、2024年には対外純資産が約533兆円(約3.7兆ドル)に達しています。これに政府の多額な資産を加えると、「時限爆弾」というイメージとは異なり、財政状況ははるかに安定していることがわかります。

神話 2:財政不安により、日本は長期国債のコントロールを失うリスク(金利暴騰)がある

事実:日本は長年にわたり自国で資金をまかなっており、安定した国内投資家層が長期国債の安定を支えています。

世界的に金利が上昇している中で、通常は財政悪化への懸念が金利上昇の要因になりますが、日本の場合は事情が若干異なります。最近の超長期国債の弱さは、需給の一時的なバランスの崩れや市場の機能不全によるもので、財政の根本的な悪化を示すものではありません。日本の財政基盤は構造的に健全です:

  • 家計の金融資産は国の借金の約2倍
  • 国債の約90%が国内で保有されており、ほぼ自国で資金をまかなっている状態

これらの要因から、日本が長期金利のコントロールを失うリスクは非常に低く、国債の急落を懸念する声は過剰といえます(参考:揺れる日本国債市場:それでも「危機」とは呼ばない理由)。

さらに、アメリカでは総債務がGDPの120%、純債務が96%であるのに対し、日本は2020年以降、債務比率を減らしてきたという点でも特異です(図3参照)。これは、着実なGDP成長と、グローバルの金利上昇を受けて3.7兆ドルにのぼる対外純資産からの利子収入の増加によるものです。先進国の中で、債務負担を実質的に減らしたのは日本だけです。

図3:日本は2020年以降、主要先進国の中債務水準を改善した唯一の国である (対GDP%)

 Net Change 2019 vs 2024Gross Change 2019 vs 2024
Canada321
France1615
Germany85
Italy41
Japan-170
United Kingdom1816
United States1513

図1〜3 出所:国際通貨基金(IMF)、世界経済見通しデータベース(2025年4月版)

神話 3:JGBの金利上昇は大量の資金回帰を招き、世界金融市場の崩壊(アルマゲドン)の引き金になる

事実:日本の米国債保有は構造的なものであり、投資家は外債を売却する前に、まず国内の余剰資金を活用する余地があります。

JGBの金利上昇により、「本邦投資家が海外から資金を大きく引き上げるのでは」という過度な懸念が出ています。一部では「世界金融市場の崩壊(アルマゲドン)」の引き金になるという声もありますが、これは大げさな見方です。
本邦の外債投資家は、主に次の3つのカテゴリーに分類できます:

  1. 外貨準備や年金基金による米国債保有は、構造的かつ安定的な投資であり、急な変化は想定しにくい状況です(参考:海外投資家は本当に米国債を「投げ売り」しているのか?)。
  2. 銀行勢は、過去の金融緩和でJGBを日銀に売って得た資金を日銀当座預金に預けています。日銀のターミナルレート(政策金利の最終着地点)が見えてくれば、まず手元資金でJGBに再投資する動きが活発になると考えられ、外債を急に売る可能性は低いです(図4参照)。
  3. 財務省のデータによると、生保勢はすでに2022〜2023年の米利上げ局面で外債(特に米国債)を減らしています(図5参照)。スプレッド商品として保有する米社債などは、売却リスクは小さいと考えられます。今後はヘッジコストがさらに下がれば、日本を含むアジアの投資家にとって、米国債(特に社債)を継続保有するメリットが大きくなる可能性があります。
     

まとめ:

日本の債務残高はしばしば誇張され、GDP比250%とされていますが、実際には純債務は約140%であり、管理可能な水準です。日本は安定した国内投資家層を持ち、長期国債の安定を支えています。JGB金利の上昇が世界金融市場の崩壊を引き起こす可能性は低く、構造的な要因が安定を維持しています。本邦投資家の米国債保有は構造的であり、投資家は現状以上に大きく外債を売却することは考えにくく、過度な懸念は不要です。

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