海外勢による米国債の「売り加速」が注目を集めていますが、彼らによる米国債の保有減少は、最近始まった現象ではなく、20年以上前から続いている長期的なトレンドです。タームプレミアムの上昇で米国債の安全資産としての機能は一時的に低下していますが、デュレーションに対する中長期的な懸念は、過度に意識すべきではありません。
長年にわたり、米国は最も安定的で信頼できる投資先として評価されてきました。その結果:
米ドルが基軸通貨であることから、米国債は長らく「リスク・フリー資産」として扱われ、米国は双子の赤字を容易にファイナンスしてきました。しかし、2022年のFRB利上げ局面では株との相関が高まり、ヘッジ効果が低下しました(図表1)。さらに、「米国例外主義の終焉」観測も重なり、ドルや米国債の売りが市場の不安定さを増幅させ、新興国危機を思わせる展開となりました。
米国債に代わる「リスク・フリー資産」は存在しないという見方は根強いものの、各国当局は経済・政治の変化を背景に、長年にわたり資産の分散を進めてきました。これは1971年の金本位制放棄以降、繰り返されてきた動きです。トランプ政権の関税ショック後に見られた米国債やドルの同時売りは、2022年のトラス・ショック(トラス英首相の「ミニ予算」後の英市場の混乱)を思わせるものであり、「リベレーション・デー」後の「アメリカ売り」によるトリプル安も決して前例のない現象ではありません(図表2)。
図表2:1973年以降の米国株式・債券・ドルのトリプル安事例は稀にあった
1973年以降のトリプル安観測
| All Selloff Days* | Total Trading Day Count | Percentage | |
| Monthly Sampling | 36 | 626 | 5.8% |
| Weekly Sampling | 109 | 2725 | 4% |
| Daily Sampling | 680 | 13632 | 5% |
| *Days SPX, UST, and DXY all sold off (Period: Jan 31, 1973-April 30, 2025). | |||
出所:ブルームバーグ、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ。2025年4月30日時点
米国債市場では、構造的なインフレ圧力や政治的不確実性に加え、財政への懸念が高まったことで、タームプレミアム(期間プレミアム)が上昇しています(図表3)。これは、投資家がデュレーションリスクに対して追加の補償(利回り)を求めていることを反映しています。タームプレミアムの上昇により、株式リスクプレミアムが低下し、株式と債券の相関が高まるとともに、ヘッジ効果も一時的に弱まっています。
図表3:米国債のタームプレミアム
噂れる海外勢による米国債の「投げ売り」で、この悪循環がさらに拡大するのか――私たちはそう考えない理由は以下の通りです
一部報道とは異なり、私たちはタームプレミアムの急上昇は構造的な資金の再配分ではなく、FRBのQT量的引き締めが進むなか短期筋(いわゆる“ファストマネー”を含む)な投資フローによって引き起こされたと見ています(参考:米国債の急落は非常事態なのか?)。構造的な資金の再配分が行われる場合、市場への影響を最小限に抑えるため、慎重かつ段階的に進められる必要があり、そのプロセスは長期にわたると考えられます。
2000年以降、米国債の発行残高は増加した一方で、海外保有額はほぼ横ばいで推移しており、その結果として保有比率は低下傾向にあります。現在、海外保有比率は約30%、FRBはQTにより約15%と低下しており、残りの約55%を国内の民間投資家(商業銀行など)が吸収し、実質的な買い手となっています(図表4)。さらに、海外投資家(公的部門を含む)ははすでに米国債をアンダーウェイトにしており、外貨準備に占める米国債の比率(30%)3 は、世界の債券市場における米国のシェア(40%)4 を下回っています。
海外勢が保有する米ドル建て資産の内訳を見ると、約17兆ドルが米国株式に偏っています(図表5)。深刻な景気後退や「アメリカ売り」が強まった場合でも、資金流出はまず株式、次に社債から始まり、米国債からではないと見ています。
欧州の構造的な株式保有者(SWF政府系ファンドや年金など)の動きは不透明ですが、戦略的な資産配分の変更は長期的なものになると考えられます。ドイツの財政見通しの変化やユーロ高が、緩やかなリバランスを促す可能性はありますが、戦略的な資産配分の見直しは複雑かつ多面的です。
米国債の最大保有国である日本と中国は、最近の米国債市場のボラティリティの原因としてしばしば挙げられますが、中国の保有は過去10年にわたり減少傾向にあり、これはドル依存を減らす意図による既知の動きです。
一方、日本の米国債保有は構造的なものであり、米日間の戦略的同盟(軍事・経済・安全保障)に基づいています(図表6)。加藤勝信財務相が「米国債保有は通商交渉のカードになり得る」と発言したものの、直後に発言を修正したこととも整合的です。5
米国資産(株式・債券・ドル)への信認は揺らいでいますが、直近の資金フローや価格動向を見る限り、海外勢による「投げ売り」や保有構成の大きな変化を示す明確な証拠は見られません。したがって、市場織り込み以上に米長期国債にさらなるリスクプレミアムが大きく上昇するとは考えていません。
ムーディーズによる格下げを受けた信用力への懸念はあるものの、米国債の安全資産としての地位には中期的な変化はないと見ています。市場の深さと流動性、そしてドルの国際的な優位性(貿易・コモディティ取引・外貨準備の基軸通貨)は依然として圧倒的です。さらに、米国債は他の先進国と比べて相対的に高い利回りを提供しており、これが構造的な優位性を支えています。オーストラリア、ニュージーランド、英国なども同水準の利回りを提供していますが、市場規模が小さく、大規模な資金シフトの受け皿として機能できません。
とはいえ、米国の財政赤字に対する根強い懸念が長期ゾーンの金利を引き上げる圧力となる可能性はあります。すでに一部は織り込まれており、長期投資家にとってはキャリーの魅力が高まっていますが、財政問題が放置されれば、長期金利がさらに上昇するリスクも残ります(ベースケースではなく、テールリスクと位置づけ)。
また、FRBとは別に、米政府が資産価格に影響を与える手段を講じる可能性もあります。たとえば、補完的レバレッジ比率(SLR)の見直し(参考:米国債の急落は非常事態なのか?)、米国債の買い戻しやオペレーショナル・ツイスト 、6 国内保有者向けの税制優遇措置などが検討される可能性があります。ただし、こうした利回り抑制策の副作用として、ドルの緩やかな下落圧力が続く可能性もあります(参考:Long-Term US Dollar Risks Persist)。
結論として、足元の米国債保有の動きは短期的・タクティカル的なものであり、構造的な売却ではないと見ています。米国の財政運営に対する懸念は真剣に受け止めるべきですが、海外勢需要を含む構造的な支えは今後も再び強まる可能性があると考えています。ただし、米国の支配的地位が徐々に薄れるという長期的背景は意識しておく必要があります。