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米国債の急落は非常事態なのか?

はじめに、今回も「ピンチがチャンス」なのか?

米国債は、長期債の利回りが高止まりし、海外需要懸念が大きく立ちはだかるなど、激動の時期となっています。米国債カーブにおける最近のベア・スティープ化(長期金利の上昇幅が短期金利の上昇幅より大きく、イールドカーブ(利回り曲線)の傾斜が急になる現象)を解き明かし、米国債の急速なドローダウンについて過去のデータが示していることを概説し、長期債を含め米国債の潜在的な魅力について考察します。

Senior Fixed Income Strategist
Head of North American Investment Strategy & Research

米国債市場の不可解な急落を分析する

テクニカルの重要性

最近の長期国債利回りの上昇は、さまざまな要因が絡み合った要因によるものですが、一般的には、関税の発動が米国債に対する海外需要の潜在的な減少に対する懸念に拍車をかけました。レバレッジを掛けた投資家が債券市場において流動性ショックが発生し、速やかにリスクを落とすテクニカル要因が、ボラティリティ急騰させた犯人と思われます。具体的には:

  • スワップスプレッドワイドナー巻き戻し

30年物米国債利回りは 、4月11日までの週に46ベーシスポイント(bps)上昇し、週次では約40年の間で最大の上昇幅となりました。これは、関税の発表が経済成長の懸念を引き起こし、当然のことながら株式市場を動揺させた週に発生しました。しかし、通常負の相関を持つ債券と株式両市場ともに期待に反して急落しました。なぜ投げ売りになったのでしょうか。
主な原因の一つは、投資家、特に「ファストマネー」 1と呼ばれるレバレッジを掛けた投資家が、スワップスプレッド「ワイドナー」 2を通じて米国債現物債券を買い(ロング)、スワップを払い(ショート)するポジション構築から由来していたことです。スワップ部分は、固定スワップの払いポジションを介して行われていました3。 これらのスワップ払いポジションの一部は、長期金利急上昇がリスク許容に抵触し強制的に巻き戻された模様が考察されました。

  • ベーシストレードの巻き戻し、トレンド・フォローCTA、 リスク パリティ戦略

テクニカルな別要因として、レバレッジとルールベース取引に起因していると考えられます。長期的な目線を持つ「リアルマネー」投資家が利回り向上のため構造的に社債などクレジット商品の組み入れに着手し、債券ポートフォリオのデュレーションを調整するよう国債先物のロングポジションを採用するケースが増えています4 レバレッジをかけた投資家はこの取引の反対側に立ち先物を売ります(図1)。これらの先物ショート(売り)ポジションは、金利デュレーション・リスクを極力低減させるため現物債の買い持ちポジション (レポ取引で調達)とセットで保持され5 、いわゆる「ベーシス取引」として最大 100倍ものレバレッジを適用するほど莫大なトレードとなっていました。これらの「ベーシス取引」は現物債と先物における2つの価格収束に期待した裁定取引です。債券市場の ボラティリティ6 が急上昇したことで、リスクパリティ・ファンドのリスク軽減アクティビティをはじめ、トレンドフォローのCTA戦略によって加速 7され、ベーシス取引の巻き戻しの組み合わせが引き起こされました。リスク管理の一環で投資家がリスクを落とす行為、証拠金注入の追加やポジションの強制決済も、金利上昇がさらなる売りを呼ぶという悪循環なフィードバック連鎖に繋がりやすい局面となりました。

これらのスワップ・スプレッドや先物の強制解消のさらなる証拠として、図2は、最近のボラティリティにおいて、長期米国債の金利がスワップや先物金利よりも上昇したことを示しています。これは、投資家がこれらの取引を巻き戻すために、現物債券を売ってスワップを受け戻したり、先物のショート・ポジションを解消し たりしていたことを示している可能性があります。この関税関連のスワップスプレッドとベーシス取引の巻き戻しの波は、流動性ショックにあたる2020年3月のCOVID-19の急落や2019年9月のレポ危機と類似しています。

先物やスワップと債券の価格差は、世界金融危機後に銀行とディーラーにおける有価証券の在庫保有に対する規制強化に伴う需要と供給の不均衡から生じた副作用です。ファストマネーの投資家は、国債先物やスワップの価格と債券価格の僅かな収束を、レバレッジを掛けながら利益を得る裁定取引ができる立場にあります。しかし、該当トレード手法によって構築された大規模なベーシスやスワップスプレッド取引は、急な市場混乱や流動性問題、特に外生的なショックが発生した場合急な巻き戻しや悪循環なフィードバック連鎖を起こすリスクがあります。

日本・中国からの米国債に対する需要ストライキはあったのか?

米国債利回りの急上昇がリスクの制約の引き金となったため、本邦大手銀行が米国債を「投売り」してストップロス命令が実施されているという噂が飛び交っていました。しかし、その可能性は低いです。大手邦銀の自己資本比率(CET1比率)の割合は国際的にも比較的高く、ましてや米国債は「リスク・フリー資産」と見なされ、CET1比率の計算ではリスクウェイトがゼロとなっているため強制売却の可能性は低いとみています。

中国からの米国債離れによる影響はあるものの、今回の市場混乱の大元となった可能性は低いです。米国財務省の公式保有データによると、中国の米国債保有は比較的に年限の短い債券に集中しています。また、中国は既に過去数年間、金や株式・MBS含めその他の資産を優先して、米国債を徐々に削減しています。 8

突然のリスク、急な巻き戻し。聞き覚えがありませんか?

米国債の突然価格下落は、市場にとって新しいことではなく、過去10年間(2019年9月と2020年3月)に同じ現象が見られました。これらのエピソードを見て、過去のデータをさらに長期的に鑑みると、長期的な目線を持つリアルマネー需要は存在し、通常は金利急上昇した後、徐々に買いが入ることがわかります(図3)。 これは、債券利回りが高い分、分散投資、元本保全、インカムがもたらされ、特に価格に敏感な投資家を引きつけることができるからです。

長期債の見通し:潜在的な追い風

規制改革

市場参加者は、米国債の需給のテクニカル的な逼迫を緩和する可能性のある規制改革を待ち望んでいます。これらの改革は、米国内の大手銀行のみならず、潜在的にはFRBから、米国債へより多くの資金流入を促進する可能性があります。これらの期待される改革には、次のものが含まれます。

  • FRBの補足レバレッジ比率(SLR)の計算から米国債を除外する。

このトピックは、トランプ政権の復活後、2024年後半から注目を集めています。SLRは、米国最大手銀行に対し、資産のリスクウェイトに関係なく、資産の少なくとも5%以上の資本を保有することを義務付けています。国債を計算式から免除することで、銀行は国債の保有額を、潜在的には1兆米ドル以上に増やすことを奨励することになります。米国債がSLRから一時的に除外された過去の期間(2020年のCOVID-19パニックのときなど)では、米国債市場の流動性は大幅に改善しました。

  • ファニーメイとフレディマックの民営化を加速。

2019年、トランプ政権はファニーメイとフレディマックを民営化しようとしました。今回民営化が進めば、収益は連邦債務の返済に充てられる可能性があります。民営化はまた、連邦準備制度理事会(FRB)がエージェンシー住宅ローン担保証券(MBS)の保有を減らす速度を速め、国債(量的引き締め、QTの一部)を優先するよう促す可能性があります。これらのエージェンシーMBSの保有を米国債に転換すると、米国債利回りに下押し圧力がかかる可能性があります。ただし、これは住宅ローン金利の押し上げ圧力にもなるため、米家計センチメントをさらに悪化させる懸念もあります。

財務省 とFRB の両方で最近、銀行に対する規制緩和の迅速化が議論されていることを考えると、SLRルールの改正は、近い将来、米国債市場の安定性を取り戻し、金利ボラティリティを抑制するための最も簡単で効果的な方法となるでしょう。銀行は、低めな預金利息払いの調達コストと、長期の米国債を保有することで得られる高い利回りとのスプレッド(金利差)を利用して、バランスシートを拡大することができます。

グローバル投資家による米国債券(国債・社債)需要への影響

最近の売りが米国債の長期債に集中していたため、短期債と長期債のスプレッド差は拡大しています(例:2年10年の金利差が25bpsから50bps、5年30年の金利差が60bpsから85bpsに拡大)。9 この「ベア・スティープ化」は、米国債に対するグローバル投資家からの需要に関しては、実際にはプラスの要因となります。海外投資家は、長期金利を固定することと引き換えに、イールドカーブの短期金利を使用して為替エクスポージャーをヘッジします。

弊社SSGAでは、今年も引き続きFRBによるさらなる利下げを予想しています(参照:債券2025:ソブリン債のリターン)。また、構造的なタームプレミアムの調整傾向が、長期債利回りが金融緩和時代と比べ高止まりすると考えています。その結果、米国債のイールドカーブは緩やかなスティープ化傾向を継続する可能性があります。これに加えて、2025年に日本銀行が再び利上げを行う可能性もあり (参照:日本銀行は潮流に逆らい続けられるか?)、本邦を含めグローバル投資家にとって対ドルのヘッジコスト低下に繋がる可能性があります。

一般的に、「ヘッジコストの低下と長短金利差の持ち直し」は、米国債、特に国債金利に対しスプレッドが乗る社債の需要増加に繋がる可能性があります。

まとめ

  • 足元の米国債の狼狽売りは、「ファスト・マネー」のレバレッジ取引の巻き戻し、 リスクパリティのリスク軽減に加えてトレンドフォローCTAの売りによって加速させたことに起因すると考察します。米国債市場の非常事態は、通常、大きなリスクの巻き戻しが引き起こされる危機時に発生しうることです。
  • 大手投資家やヘッジファンド勢は、通常、世界各地において24時間体制で稼働しているトレーディングデスクを有し、タイムゾーンだけを見て売り元の「国籍」を特定することは困難です。しかし、米財務省が発表するTIC統計データや、外国人投資家が長期債よりも短期債を保有する傾向があるという事実から、中国と日本が最近のボラティリティの主な要因であった可能性は低いと思われます。
  • 過去のデータによると、米国債に対するリアルマネーの需要は過去のドローダウンを通じて持続しており、 大規模な売りは長期投資家にとって買いの機会となっています。
  • FRBの利下げと規制改革の可能性は、長期的には長期債にとってさらなる追い風となる可能性があります。イールドカーブのさらなるスティープ化は、米国債(社債と国債両方)に対する国際的な需要を押し上げるのにも役立つ可能性があります。

私たちは、市場の変化に応じて、投資家に様々な視点を提供し続けてまいります。

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