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揺れる日本国債市場:それでも「危機」とは呼ばない理由

日本国債(JGB)の急激な売りや、それが世界の金利に影響を与えるという懸念は、やや大げさに受け取られているようです。最近超長期ゾーンが弱含んでいるのは、市場の需給バランスが一時的に崩れていることが主な原因であり、日本の財政持続性に対する根本的な不安によるものではありません。確かに、財政悪化懸念が長期ゾーンに追加的な圧力をかけてはいますが、日本には厚みのある国内投資家基盤があり、自国で資金調達を継続できる能力を有していることが、JGB市場の長期的な安定を支える大きな要因となっています。

Senior Fixed Income Strategist

 背景

足元では、日本の30年・40年国債利回りが急上昇し、過去最高水準を記録しました。これは、世界的に長期国債の売りが強まる中での動きであり、特に米国ではインフレ期待の高まりを背景に、長期金利の上昇(タームプレミアムの拡大)が注目されています。

しかし、日本の超長期債の下落幅とスピードは他の主要国(G3)と比べても際立っており、市場関係者の間で懸念が広がりました(図1・2参照)。この異例の動きにより、一部では市場流動性や機能不全、さらには財政不安の可能性を指摘する声も出ています。

こうした中、20年JGB入札が低調だったことが、米国の20年債入札1の不調 と重なり、長期金利の世界的な上昇(ベア・スティープニング)を加速させました。さらに、石破茂首相による「日本の財政はギリシャ2以下」 との発言が投資家心理を冷やし、市場の不安を一層強める結果となりました。

弊社の見解では、現時点で過度な懸念は不要です。その理由は以下の通りです:

  • 日本のファンダメンタルズは依然として安定しており、家計の金融資産は国の債務残高の約2倍にのぼるほか、JGBの約9割は国内で保有されており、自国での資金調達がまかなえる体制が維持されています。
  • JGB利回り曲線の歪みは、財政悪化ではなく、生保含めリアルマネーの需要減やタイミングのズレといった需給の不均衡によるものです。
  • 2025年に入ってからは、海外投資家が需給ギャップを埋めていましたが、米国金利の変動、日本での選挙前の消費税減税観測、そして日銀の中立姿勢などを背景に、現在は売り越しに転じています。
  • 今後、財務省による発行調整や、日銀による量的引き締め(QT)の見直しといった政策対応が取られれば、JGBおよび先進国国債市場の安定化や金利動向にも影響を与える可能性があります。

日本は引き続き自国での資金調達が中心

注目すべきは、JGBの利回りが急上昇したにもかかわらず、約90%が国内で保有されており、日本は依然として外部資金にほとんど依存しない「自国資金調達型」の構造を維持している点です。参考までに、日本の家計が保有する金融資産は約2,200兆円(主に現金・預金、現金同等物など)にのぼり、国の債務残高(約1,350兆円)のほぼ2倍に相当します。このような潤沢な貯蓄が、日本には強固な国内資金基盤があることを示しています。

最近のJGB市場の歪みは、国内の需給不均衡によるテクニカル要因が大きい

超長期ゾーンにおけるJGBの金利上昇は、財政に対する信認の低下によるものではなく、国内市場における需給の技術的な不均衡が主因と見られます。これが、世界的な金利上昇をさらに引き起こすような深刻な懸念には直結しないと考えています。

超長期債の主要な保有者である国内の生命保険会社は追加的なデュレーションリスクを取りにくい状況にあり、1999年の導入以来最も割安な水準で取引されているにもかかわらず、最近では超長期債に対する需要が鈍化しています。

この需要低下は、日本の財政に対する根本的な懸念ではなく、テクニカル要因によるものと見られます。生保は、2025年度に導入予定のソルベンシーII規制(資産と負債の金利リスクの整合性を求める)を受け、2020年以降デュレーションを伸ばして参りました。これに呼応する形で、財務省も近年、JGBの発行年限を意図的に長期化してきました(図3参照)。これは、2016年のマイナス金利政策導入後、生保側から長期債の発行を求める声が高まったことに対応したものです。

実際、生保によるJGBの月間購入額は、2020年以降のピークである約7,000億円から、直近では1,000億円台まで減少しており、デュレーションギャップの調整がほぼ完了したことを示唆しています。さらに、若年層を中心に保険型商品の需要が構造的に減少していることも背景にあります。これは、2020年代以降に拡充されたNISA制度3により、家計の投資資金が株式などのリスク資産にシフトしていることが一因です。

外国人投資家が需給を支えになるか? 実際はそうでもない

最近では、超長期JGBに対する国内需要の鈍化を補う形で、外国人投資家が参入してきました。自国市場と比較して相対的に高い利回りが魅力となり、特にユーロ建て・米ドル建ての投資家にとっては、3か月の為替ヘッジをかけた30年JGBの利回りが、30年独国債(Bund)を約150bps、米国債(UST)を約200bps上回る水準となっており、為替ヘッジ後JGBが魅力的に映っていました。しかし、こうした資金流入は足元で鈍化し、外国人投資家はむしろ売り越しに転じている可能性があります。その背景には、以下の複合的な要因があります:米国の「リベレーション・デー」後の米国債下落により米金利カーブが再スティープ化し、ポジションの巻き戻しが発生。日本での消費税減税観測が浮上し、財政不透明感が広がったこと。日銀の中立的なスタンスが意識され、短期筋によるJGBフラットナー(長短金利差縮小)ポジションの巻き戻しが進行し、超長期債に売り圧力がかかったこと。

歪みの対処方法:財務省・日銀による市場安定化への動き

最近のJGB売りを受けて、「誰が市場安定化に動くのか」が注目されています。まず、日銀は現在、量的引き締め(QT)戦略の見直しを進めており、6月17日の金融政策決定会合で中間評価の結果が示される予定です。可能性が低いものの、可能な対処方法としては長期ゾーンでのオペレーションを縮小し、短期債の償還をより進める方向へのQT再調整が挙げられます。

一方で、財務省も重要な役割を果たす可能性があります。米国の財務諮問委員会(TBAC)と同様に、財務省も定期的に市場参加者と意見交換を行い、国債発行の年限バランスなどを調整しています。現在のようにイールドカーブのスティープ化が続き、超長期債への国内需要が低下している状況では、近い将来に発行構成の見直しが行われる可能性は十分にあると考えられます。実際、最近の報道4は 、特に需給不均衡が顕著な超長期ゾーンにおいて、発行削減が検討されているとの見方を裏付けるものとなっています。

グローバル金利への波及効果

超長期JGBの価格下落は、米国債利回り曲線のさらなるスティープ化(長短金利差の拡大)を後押しする要因となっています。しかし、財務省による発行調節や、日銀による「ツイスト・オペ」に類似したQT(量的引き締め)調整など、技術的な要因による修正が入れば、JGB市場におけるスティープ化の流れが一時的に停止する可能性があります。こうした変化は、G3諸国の国債利回り曲線全体に波及効果をもたらす可能性があり、グローバルな金利カーブの下落(価格安)トレンドの一服や安定化の初期兆候として注目されるでしょう。特に、JGBのイールドカーブが他のG3諸国と比べて顕著にスティープ化している点(図4参照)は、こうした波及効果を読み解く上で重要な視点となります。

結論:本格的な安定化は2025年第3四半期まで持ち越しの可能性

JGBの金利動向は継続注視するものの、これ以上の大幅な調整は想定していません。今回の動きは、日本の財政に対する根本的な懸念ではなく、テクニカルな要因によるものと見ています。現時点では、JGBのイールドカーブが他の主要国と比べて顕著にスティープ化していること(図4参照)を踏まえ、JGBに対して中立スタンスを取っています。現在のJGB金利水準は米ドル建て投資家にとっては魅力的ですが、米国の財政支出見通しや、日本の7月参院選を前にした消費税減税議論の行方が不透明な中、外国人投資家の買いは依然として慎重な姿勢が見られます。

ただし、30年国債利回りが再び3%を大きく超え、10年国債が1.6%を上回るようであれば、本邦投資家のみならず為替ヘッジを前提とした長期投資家にとっては、バリュエーション面で魅力が高まる可能性があります。

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