市場は停戦を好感しているが、エネルギーショックは依然として解決していない。世界的 スタグフレーションショックが長期化する可能性は高くないものの、原油供給不足が長引くことで、世界経済の一部にはすでに歪みが生じ始めている。今後は、経済的な逆風を背景に、資産価格の動きに乖離が生じていくとみられる。
ペルシャ語は、比喩的で詩的な表現が豊かな言語として知られており、ほぼあらゆる状況に対応することわざが存在する。その一つに、「結論を先延ばしすること自体が、解決のための余地を生むことがある」という考え方を表すものがある。結果を遅らせることで、安堵や解決への道が開ける場合もある、という意味だ。しかし、今回の停戦協議に関して言えば、先延ばしは解決の余地を生んだのではなく、不確実性を長引かせただけに過ぎない。
4月1日付の当社レポートおよびその後の発信において、我々はエネルギー供給の停止がより長期化する可能性に重きを置いてきた。その理由は主に三つある。1)イランは依然として十分な威嚇能力を保持していること。2)「戦争はないが、エネルギーも供給されない」という現在の膠着状態は、相手方よりもイランにとって有利であること。3)これまでの交渉における行動を振り返ると、時間切れを狙って交渉を引き延ばす傾向が一貫して見られる点である。
図表1:現在の当社の見通し
| ベストケース(40%)停戦が機能 | ベストケース(40%)停戦が機能 | ||
|---|---|---|---|
| 定義 |
|
|
|
| エネルギー供給 |
|
| |
| マクロ環境 |
|
| |
| 原油平均価格(5月) |
|
| |
| 債券 |
|
| |
| 為替 |
|
| |
| 株式、セクター |
|
| |
| 地域 |
|
| |
もっとも、イランにも無制限の時間があるわけではない。経済的コストは極めて大きく、ホルムズ海峡の長期封鎖を世界経済が耐えられる余地はない。率直に言えば、2026年4月はイスラム共和国としての国際的な影響力がピークを迎える時点である可能性が高い。ここから先は、時間の経過とともにレバレッジは低下していく。その結果、体制側には合意に応じる動機が生まれる一方で、地政学的な反動が最大化する前に、経済的混乱をできる限り拡大させようとするインセンティブも同時に働く。
良いニュースとしては、合意の枠組み自体は比較的明確である点が挙げられる。いかなる合意も、焦点はイランの核開発計画、とりわけ濃縮ウラン在庫の扱いに置かれることになる。核関連インフラの多くがすでに破壊されていること、またホルムズ海峡の閉鎖自体が将来に向けた強力な抑止力として機能していることを踏まえれば、こうした妥協は政治的にも実現可能に見える。
一方で悪いニュースもある。米国は、テヘランから正式な提案を受け取るまで、海上封鎖を維持する方針を示している。 合意、あるいは明確な交渉枠組みすら存在しない状況では、問題解決の時間軸は依然として不透明であり、日を追うごとに再エスカレーションというテールリスクは高まっていく。その場合、イランの次の一手として想定されるのは、UAEのエネルギー関連インフラへの攻撃、およびフーシ派主導による紅海航路の妨害行為の強化である(サウジアラビアについては、パキスタンが仲介役を担い、同国が部隊を派遣していることから、相対的に影響を受けにくいとみられる)。これらが同時に進行した場合、世界の原油供給はさらに日量最大600万バレル減少する可能性がある。
第8週目のアセスメント
| ポジティブ(エネルギー供給の早期正常化) | ネガティブ(エネルギー供給の混乱が長期化) |
|---|---|
|
|
IMF(国際通貨基金)の 「世界経済見通し」 の予測を用いて、経済的なダメージが時間の経過とともにどのように累積していくかを示した(図表2)。その結果、3か月目時点での影響は1か月目と比べて著しく大きいことが確認できる。これは、初期段階では主に価格上昇によるショックにとどまっていた影響が、時間の経過とともに実際の供給制約(サプライディスラプション)へと性質を変えていくことを反映している。
精製燃料の分野では、すでに状況は明らかに深刻化している。欧州ではジェット燃料の配給制限の可能性が警告されており、実際に航空会社はフライトの欠航を始めている。もっとも、最も注視すべき地域はアジアである。アジアは中東からの物理的なエネルギー供給への依存度が最も高く、その影響を最も受けやすい地域だからだ(図表3)。
インフレのパススルー(波及)の初期兆候がすでに顕在化し始めており、フィリピンは新興国で最初に金融引き締めに踏み切った中央銀行となった。今後は、他の新興国でも利上げが相次ぐ可能性が高い。一方で、先進国の中央銀行については、短期的なインフレ上振れをある程度やり過ごし、最終的に訪れる成長減速とそれに伴うディスインフレ圧力に目を向け、様子見姿勢を維持する余地もなお残っている。まさにこの局面において、シナリオの帰結と金融政策対応は最も大きく分岐することになる。
停戦を受けて生じた当初のリスクオン・ラリーは妥当な反応であった。エネルギー生産がより深刻な形で破壊されるというテールリスクが後退したためである。これに加え、米国企業の好調な決算や底堅いマクロ指標が、常に存在する「押し目買い」志向をさらに後押しした。ただし、このダイナミクスをグローバルなリスク資産全体にまでそのまま当てはめるのは行き過ぎである可能性が高い、という点が我々の懸念だ。
想定される波及経路の一つは機械的なものである。S&P500の急回復がVIXを押し下げ、ポートフォリオのリスク制約を緩和し、その結果として他の資産クラスへと資金フローが広がっていく構図だ。ホルムズ海峡への依存度が高い国・地域の株式市場は、エネルギー在庫の取り崩しだけで今回のショックを吸収できるかのような価格形成となっている(図表4)。
これに対し、長期金利は停戦のニュースに対してほとんど反応していない。前述の通り、成長率とインフレ率をめぐるシナリオの幅は依然として大きく、今後、どのシナリオが支配的となるかが見えてくるにつれて、数週間以内に債券市場で大きな値動きが生じる可能性がある。為替市場も同様に、上下いずれの方向にも振れ得る幅広いシナリオに直面している。特にアジア通貨については、エネルギー依存度の高さに加え、対米ドルでの構造的な割安感があることから、影響がより大きく表れやすいと考えられる。
戦争が再びエスカレートする可能性は依然として残っているが、より本質的なリスクは、外交プロセスが長期化し、その間エネルギーの流れが遮断された状態が続くことである。グローバルに見て、リスク資産は、エネルギーに敏感な国・地域およびセクターにおいて、供給混乱が持続する確率や、累積的に拡大する経済コストを十分に織り込んだ価格形成とは言いがたい。