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なぜ、アジアのアセットオーナーは金の戦略的なエクスポージャーを構築しているのか

インフレショック、株式・債券への分散投資の信頼性低下、為替変動、地政学的な分断によってポートフォリオの構築が難しくなる中、アジアのアセットオーナーは金の戦略的な役割を見直しています。

8分で観られる
Robin Tsui
APAC Gold Strategist
アーロン・チャン
ゴールド・ストラテジスト(日本)

アジア地域のソブリン・ウェルス・ファンド、年金基金、保険会社、大学・財団基金および各国の中央銀行は、経済・市場の幅広い変動に耐え得るポートフォリオ構築に一段と注力しています。こうした転換を促す要因は、インフレショック、株式・債券への分散投資効果の低下、不安定な為替、そして地政学的な分断に振り回される経済環境を乗り切るのが困難になっていることが挙げられます。

そのような環境下で、金は単なる戦術的ヘッジ手段ではなく、以下の点で投資家が支援を得られる戦略的資産と考えられます。

  • リスクの源泉の分散
  • 政府(ソブリン)や企業の信用リスクの影響を受ける資産への依存度を下げる
  • 長期的なポートフォリオの耐久力を高める

マクロ経済の構造的変化により従来型の分散投資が困難に

高格付け債券は歴史的に、市場がストレスを受ける局面において株式リスクの分散や衝撃を吸収するポートフォリオとして、アジアのアセットオーナーを支えてきました。しかし、2020年以降はインフレがもたらす圧力、積極的な金融引き締め、財政圧力、地政学的な不確実性により、株式と債券が同時に下落する局面が繰り返し発生し、従来型の株式・債券への分散投資の信頼性が低下しています(図表1)。

こうした課題は、特にアジアで重要です。アジアのアセットオーナーは長期の自国通貨建て負債を抱える一方、株式、債券、オルタナティブ商品、現金、海外資産に多くの資金を配分しています(図表2)。米ドル建て資産のエクスポージャーは為替の急激な変動によってボラティリティーが急激に高まる要因となり得ます(図表3)。その結果、投資家は政府や企業の信用リスクに依存することなく、ポートフォリオを分散できるディフェンシブな資産をより重視するようになっています。

通貨安と株式・債券への分散効果の低下によって、アジアのアセットオーナーの一部はポートフォリオにおける金の役割を見直しています。保険会社は、資本規制による資本の積み増しや契約に基づくキャッシュフローがないにもかかわらず金を投資対象として評価しており、大学・財団基金や公的機関は余剰流動性の受け皿としてより積極的に金を検討しています。金の魅力は株式・債券といった伝統的資産との相関性が低いこと、市場がストレスを受ける局面ではポートフォリオの耐久力を高める可能性があることです(図表4)。

アジアにおける各市場固有のカタリスト

ポートフォリオに金の組み入れを促す要因はアジア各国で異なり、年金基金、保険会社、政府系ファンド、大学・財団基金が戦略的ポートフォリオの中で金の役割をどのように評価しているかという点に影響を与えます。

中国:政策支援および機関投資家によるアクセスの広がり

中国では、不動産セクターの低迷、国内株式市場の波乱ならびに人民元が下落基調にあることから、国内の景気サイクルに左右されにくい資産への需要が高まっています。政策支援によりアセットオーナーからのアクセスも拡大しています。2025年に始まった試験運用(パイロット)プログラムでは、特定の保険会社が資産の最大1%を金に配分することが認められました。1

増え続ける金ETFや上海黄金交易所によるエコシステムの整備と相まって、こうした取り組みは機関投資家による金の長期保有をより後押しする環境を生み出しています。

香港:市場インフラ、および退職年金資産

香港は、機関投資家による大規模な金への投資に必要なインフラ構築のために政策面での取り組みを進めています。国際金融センターとしての地位を強化する中で、香港は取引、清算、決済、保管、および中国本土との接続性をカバーする包括的な金のエコシステムを整備しています。

香港では、強制積立年金制度(MPF)の下で進める金ETFへのアクセス拡大に向けた改革により、長期にわたる退職年金資産の重要な供給源が開放される可能性があります。2市場インフラの継続的な強化と相まって、こうした改革が進むことで、アクセス性と運用効率が向上し、金は年金基金、大学・財団基金、保険会社にとってより現実的な資産配分の対象になっています。

シンガポール:確立されたアクセス環境と高い運用効率

シンガポールは政策支援と高度に発達した市場インフラによって、アジア最先端の金投資ハブとしての地位を確立しています。投資適格の貴金属に対しては物品・サービス税(GST)が免除され、3高度な取引、カストディー、整備された保管サービスと相まって、金のエクスポージャーを検討するアセットオーナーにとってアクセスが向上し、運用効率も高まっています。

民間部門の富と機関投資家の資産が拡大し続ける中、シンガポールは保険会社や大学・財団基金などのアセットオーナーに対し、安定した規制や運用の枠組みの下で効率的な金へのアクセスを提供しています。

日本:インフレ、円安、および分散投資

日本では、引き続き金を戦略的に保有する意義が高まっています。円は過去40年の最安値近辺にとどまる一方、国債の名目利回りが数十年ぶりの高水準に上昇したとはいえ、持続的なインフレと実質利回りの低迷が伝統的なポートフォリオを構築する上での課題になっています。7月下旬の日米協調介入を受けて円は急反発したものの、根幹にある構造要因を踏まえると、再び円安が進むリスクが依然として示唆されます。

こうした環境の下、保険会社、大学・財団基金、確定拠出型年金(DC)は、国内債券や為替エクスポージャーに依存しない、より幅広い分散投資の機会を探っています。金は歴史的に伝統的資産との相関性が低く、市場がストレスを受ける局面での耐久性が高いことから、アセットオーナーの間で改めて注目を集めています。

台湾、タイ:現地の規制下でのポートフォリオの耐久力

台湾では海外資産および米ドル建てエクスポージャーが拡大し、保険会社や年金基金が金を戦略的な資産配分対象とする意義が高まっています。一方、タイではマクロ経済および地政学的不確実性の高まりによって、年金基金の間で金への関心が一段と高まっています。

両市場で金が投資対象として採用されるかどうかは、最終的には、規制や資本面での取り扱い、実務面の検討によって決まるとみられます。

韓国:準備資産の運用拡大

中央銀行である韓国銀行は、外貨準備の運用ポートフォリオに海外上場の現物裏付け型金ETFを組み入れ、4加えて金の現物購入を再開しました。これは、アジア全域で機関投資家が金を投資対象に組み入れる動きが強まり、運用上の選択肢が広がっていることを示しています。

中央銀行が発するシグナル

中央銀行による金の購入は金市場における主要な構造要因になっており、アジアのアセットオーナーにとっては有意義な参考材料を提供しています。各国中央銀行の運用方針は異なりますが、通貨価値の維持、ポートフォリオの耐久性向上と市場サイクルを通じたリスク管理という長期目標を共有しています。

ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が公表した2026 Central Bank Gold ReservesSurvey は、この流れを裏付けています。中央銀行は過去4年間に年間平均1,000トン前後におよぶ金を積み増しており、回答者の89%は今後12カ月で世界の中央銀行の金準備が増加すると予想しています(図表5)。5

このような金の購入は、アジアのアセットオーナーから見れば直接的な行動指針にはなりませんが、分散投資の拡大や伝統的な準備資産への依存度低下、政府や企業の信用リスクから切り離された資産への需要拡大という投資環境の変化を反映しています。地政学的な不確実性、財政面の圧力、および為替変動が依然として大きい中で、こうした投資環境の変化は、より耐久力を備えたポートフォリオ構築を目指す機関投資家にとって、ますます重要性を増しています。

実務面:アジアのアセットオーナーはどのように金のエクスポージャーを獲得しているのか

アジアのアセットオーナーは、さまざまな方法で金にアクセスしています。具体的には、現物の金地金や先物やスワップなどのデリバティブ取引、現物裏付け型の金ETFなどです。これらの流動性、コスト、運用上の要件、リスクには固有のトレードオフ関係があります。中央銀行は一般的に現物保有を選好する一方、年金基金や政府系ファンドは効率的な市場へのアクセスという点を重視し、歴史的にはデリバティブ取引を利用してきました。

現物裏付け型の金ETFは金地金の保管義務や先物ポジションのローリング(乗り換え)の必要がなく、金価格への直接的なエクスポージャーを提供することから、戦略的な金への資金配分手段としての魅力が一段と高まっています。

最適な運用方法は、各機関の投資目的、求める流動性、規制環境、ガバナンスの枠組みによって異なります。実務では多くのアセットオーナーが複数の方法を活用し、それぞれがポートフォリオ内で異なる役割を果たしています。

今後の見通し:アジア全域で戦略的な金の需要が高まる

アジアのアセットオーナーにとっての検討の焦点は、「金をポートフォリオに組み入れるべきかどうか」
から、「最も効果的な組み入れ方法」 へと移っています。分散効果の低下、通貨のボラティリティー、地政学的不確実性という足元の環境を踏まえると、金の戦略的な検討対象としての位置づけは高まっています。加えて、アジアのアセットオーナーが長期的に金需要を押し上げる重要な原動力になる可能性は時間とともに高まっていくことでしょう。

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