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アジアが世界的なAIブームの最大の勝者となり得る理由

アジアは世界的なAIブームの中心にいます。政策が転換し、労働市場の動向が移り変わる中、半導体供給、生産性向上、投資機会を牽引しています。

Krishna Bhimavarapu
Ninghui Liu
Head of Investment Strategy & Research, APAC
Anqi Dong
Global Head of Sector Strategy

今やアジアの半導体バリューチェーンは、急速に進化する世界的なAIストーリーを支える重要な基盤として明確に認識されています1。これにより、アジアはコスト効率の高い生産性向上を実現できる立場にあり、AIの進歩による真の受益者となる可能性があります。

しかし、その影響はアジア各国で大きく異なると予想されます。

日本や韓国では、AIによって労働力不足が軽減され、恩恵を受ける可能性があります。一方で、労働力が豊富な中国やインドなどでは、若者の失業といった課題に直面しています。税制政策は、このような結果を形作る重要な要因として浮上しています。アジア各国の多くの政府は、AIおよび関連インフラを支援するために積極的な税制優遇措置を導入しており、現時点でAIに特化した税制措置を導入していない米国とは異なる状況を示しています。

アジアはハードウェアでAIを支え、欧米は資本によってAIの拡大に寄与

台湾、韓国、日本、中国を中心とするアジア太平洋地域は、現代のAI技術の基盤である半導体製造の世界的な中心地となっています。日本を含むアジアは現在、世界の半導体の約72%、GPUなどのAIアクセラレーターに必要な最先端チップの95%を生産しています2。こうした支配的地位は極めて重要な意味を持ちます。アジア製ハードウェアが生成AIの開発における基盤となっているのです3。アジア企業は、韓国の高帯域幅メモリ(HBM)チップから、日本の先端半導体材料や製造装置に至るまで、AIサプライチェーンの重要分野でほぼ独占的な地位を占めています。

これに対し、欧米諸国で最近話題となっているのは、相次いで発表される巨額の設備投資計画です。マイクロソフト、グーグル(アルファベット)、アマゾン、メタ、オラクルを含む米国のハイパースケーラー企業は、2026年に合計6,970億ドル、2027年に8,730億ドルを投資する見通しです。しかし、「隠れた現実」として、欧米諸国のAIの野望はアジアのハードウェアに決定的に依存しています。米国のハイテク企業が構築する高性能サーバー、GPUクラスター、クラウドデータセンターは、基本的にすべてアジアのチップや電子機器に支えられています4。事実上、欧米諸国によるAI投資は、最終的にアジアの半導体や電子機器への需要につながっているのです。

一方で、安価で「十分に優れた」モデルが次々と発表され、高度なAIを導入する際の経済性は劇的に変化しています。こうしたモデルの多くはオープンソースまたは中国の新興企業によるもので、極めて低コストで高い性能を発揮しています5。例えば、中国の低コストモデルであるDeepSeekは最近、上位モデル「V4-Pro」の価格を約75%引き下げました6

中国のスタートアップであるDeepSeekの革新的な低コストモデルをきっかけに、2025年には国内におけるAI導入が急速に進み、AI設備投資の恩恵を受ける企業が大量に出現しました。DeepSeekの主力モデルである「V4-Pro」の今回の値下げにより、モデル出力コストはAnthropicの7分の1、OpenAIの9分の1となり、アジアにおけるAIの導入・展開は一段と加速すると予想されます。

中国の主力ハイテク企業によるAIインフラ投資額は依然として米国の巨大企業の足元にも及びませんが(中国大手4社の2025年予想投資額約500億ドルに対して米国の大手4社は3,000億ドル)、購買力の違いとオープンソースエコシステムのおかげで、中国企業は少ない投資額でより多くのことが実現可能になっています。

中国の中堅インターネット企業は、こうしたコスト効率の高いAIソリューションの導入による生産性の実質的な向上を実現しており、Eコマースやフィンテックといった分野では売上高や利益率が向上しています。重要な点は、こうしたトレンドも、米ハイパースケーラーの巨額の設備投資による最先端AI開発への取り組みの戦略的重要性を損なうものではないという点です。それどころか、両者は補完的関係を示しています。米国の有力企業が限界を押し広げ、新たな性能基準を打ち出し続けているのです。

重要ポイント

アプローチの構造的な違いは、AIブームに注目する投資家がシリコンバレー以外にも目を向け、投資先としてアジアも検討する必要があることを意味しています。高性能半導体、電子機器、バッテリー、5Gインフラといった中核的ハードウェアおよび製造分野における強みにより、アジアはAIバリューチェーンを支える重要な柱として位置付けられています。ジェボンズのパラドックスの観点で見ると、AIコストの低下は導入と利用の拡大を促し、AIハードウェアの需要をさらに高める可能性があります。また、低価格モデルによる高性能AIのコモディティ化を受け、最先端AIを提供する企業の価格決定力は低下しており、結果的に、それらを支えるインフラ、プラットフォーム、アプリケーションなど、アジアが強みとする領域に価値獲得が移行する可能性があります。

注目すべきことに、アジアのハイテク企業に対する市場評価は依然として低いままです。アジアの主力ハイテク企業は米国の同業他社と比べて株価収益率(PER)が割安で取引されており、多くの投資家は、AI時代におけるアジアの長期的成長性を踏まえ、過小評価された投資機会と捉えています。

要するに、ハードウェア中心でアプリケーションを重視するアジアのAI発展の道筋は、ソフトウェア中心で先端モデルを重視した資本集約型の欧米の道筋と異なるだけでなく、バリューと底堅さという点で魅力的な投資機会を提供する可能性があるということです。つまり、アジアは実質的に、AIゴールドラッシュにおける「つるはしとシャベル」なのです。

生産性向上:アジアがAIの真の受益者である理由

「支出に対してより大きな成果を(Greater bang for the buck)」という表現がありますが、これこそまさに、AI導入によって大幅なコスト増を伴うことなく生産性向上という測定可能な成果を生み出したアジアの状況を表しています。大きな違いは、アジアのAI導入がインフラ集約型ではなく、ハードウェアに支えられた実用型であるという点です。

第1に、AIは既存の生産能力の範囲内で生産量や処理能力を高めます。台湾では、AIサーバーと半導体製造が、工場稼働率の向上、歩留まりの最適化、自動化を通じて拡大しており、労働投入量の相応の増加を伴うことなく、鉱工業生産の記録的成長を実現しています7。最先端ファブでは、工程管理や欠陥検出に機械学習モデルの活用が進んでおり、追加の設備投資を大幅に増やすことなく、設備1時間当たりのチップ生産量が増加しています8

韓国では、AIを活用したロボティクスや検査システムが労働力不足を補っており、自動溶接、画像認識による品質管理、AIによるスケジュール管理によって電子機器、造船、メモリ半導体工場など幅広い分野で処理能力や稼働率が向上しています9。その結果、韓国はロボット導入密度で世界首位となっています。従業員1万人当たり1,000台超のロボットが稼働し、これは世界平均のほぼ5倍に相当します。

第2に、応用AIはサイクルタイムを短縮し、熟練労働者不足の問題を軽減します。日本では、AIが精密製造分野で不足する専門技術者の代替として導入されており、高度な技術を要する製造作業を自動化することで労働時間が劇的に短縮しています。例えば、AIベースのソフトウェアであるARUMCODEは、従来は熟練の技術者が16時間かかっていた精密部品向けの複雑な機械加工プログラムをわずか15分で書くことができます。これは実質的に、エンジニア1人当たりの生産量が倍増するほどの効果があります。日本の製造業ではまた、予知保全や生産最適化にAIを活用しており、人員を相応に増やすことなく生産量や稼働率を向上させています10

シンガポールは自動化が高度に進んでおり、ロボット密度は世界第2位です。一部の「Lighthouse 4.0」工場では、AIを活用したスケジューリングと予測的品質管理により生産性が40~70%向上したと報告されています11。ある半導体工場でも同程度の生産性向上を達成し、サイクルの大幅な短縮により資源消費量が劇的に削減されました。さらに、生産性や効率性の向上効果は拡張可能で、イノベーションが高度に進んだシンガポール経済全体に波及し始めています。具体的には、ロールス・ロイス、コカ・コーラ、エアバス、エドワーズ・ライフサイエンスといった企業が恩恵を受けています12

大規模に展開されたケースでは、AIとデジタルツインの導入は製造効率に革命的影響をもたらしています。フォックスコン(鴻海精密工業)の鄭州工場は中国最大の電子機器工場であり、また世界経済フォーラム(WEF)によって「Lighthouse工場」に認定されています。同工場では、AIアシスタント「Xiaoqing」とデジタルツイン制御システムの導入によって生産効率が2倍超(+102%)に向上し、設備稼働率も27%上昇した結果、労働力を追加投入することなく生産量を大幅に増加させることができました13

総合すると、これらの事例はアジア全体に共通するメカニズムを示しています。つまり、AIは歩留まりの改善、ダウンタイムの削減、サイクルタイムの短縮、労働代替を通じて、既存の資本ストックから多くの生産量を引き出しており、大規模な新規インフラ構築の必要性を正当化するものではないということです。これは、ハイパースケール・コンピューティングや独自のプラットフォームを中心とした 資本集約的な欧米モデル とは対照的です。

重要ポイント

アジアは、相対的に低いコストで、AIがもたらす実質的な生産性向上メリットを取り込むことが可能です。これは、2026年第1四半期の高い輸出水準と力強いGDP成長率に明確に表れています。半導体と電子機器の純輸出地域であるアジアは、世界的なAI設備投資サイクルからも恩恵を受けており、他地域のインフラ構築から輸出収入を得るのと同時に、国内の生産性も向上しています。制約要因は「普及」、つまり、こうした工場レベルの効果がどれだけ効果的に企業、セクター、労働市場へ広がっていくかです。これはアジア地域の中で大きなばらつきがあり、AI主導型成長の次の段階を左右する要素となるでしょう。

労働市場への異なる影響:高齢化が進む日本から若年人口が膨らむインドまで

アジアにおけるAIの進展で特に際立つ点として、その影響は国によって大きなばらつきが予想されます。その主因は人口動態や労働市場の違いにあります。AIが労働力不足の救世主となる国がある一方で、すでに競争の激しい労働市場で雇用喪失が懸念される国もあります。

  • 高齢化が進み労働力が不足している国—AIは解決策:出生率が過去最低を記録し、高齢化が進む日本や韓国では、労働力は慢性的に不足し、労働市場は「逼迫」しています。日本の失業率は約2.5%であり、中でも若年層失業率は2025年12月時点で2.1%と驚異的な低水準にあります。日本は、2040年には人口の約30%が65歳以上になると予想されており、今後数十年で数百万人規模の労働力不足を補う必要に迫られています14。このような国では、労働力人口が減少する中でも経済を動かし続けるために、AIやロボット、自動化が注目されています。日本では、建設、トラック輸送、農業といった業界でロボットの導入が急速に進んでおり、目覚ましい労働力の削減を実現しています。例えば、ある農業実証実験では、AI搭載ロボットを活用することで人間の作業時間が95%削減されました15。高市首相は、人口動態危機への対応策として「AIに本格的に取り組むべき」と表明しており、労働者の高齢化と退職が進む中で生産性を維持するためには自動化が不可欠であると考えています16(図表1)。韓国も世界最低レベルの出生率と低い失業率(2025年は平均2.8%)に直面しており、労働力不足を解決する一助としてAIを捉えています。韓国の大手企業はAI導入率が高く、すでに生産量や生産性の向上につながっています。また、再訓練や「労働市場の柔軟性」を重視する政策は、労働者のAIによって生み出される新たな役割への移行を後押ししています17
  • 労働力が豊富な国—AIは課題:対照的に、世界最大の人口を抱える中国やインドは正反対の問題に直面しています。若年層の労働力人口が豊富な一方で、雇用が十分ではなく、無制限なAI導入によって失業問題が悪化する可能性があるとの懸念が高まっています。

    中国の都市部の若年層失業率は2023年6月に過去最高の21.3%に達し18、その後も深刻な状況が続いたため、中国政府は若年層失業率の発表を停止しました。インドの公式失業率は中国より低いものの、高学歴若年層の失業率が高いことを示しています。2022年には、インドの20~24歳の若手男性の約20%、大学卒業資格を持つ若手女性の30%超が失業状態にありました19。こうした状況下では、AIやロボットによる業務プロセスの自動化が急速に進んだ場合、労働者が職を失ったり、毎年数百万人もの労働市場に参入する新規労働者のための雇用創出が抑制されたりする可能性があります。このリスクは、特にAIが定型業務を代替する可能性がある製造業やサービス業で顕著です。

とはいえ、労働力が豊富な国にとってすべてが悲観的なわけではありません。AIは新たな機会を生み出し、正しく管理すれば仕事の質を向上させる可能性もあります。例えば、効率的なAI導入は経済成長を押し上げ (間接的に新たな雇用を創出し)、人間の労働者を単に置き換えるのではなく、その生産性を高める可能性があります。しかし現時点でAIは、こうした労働力が潤沢な国で大規模な新規雇用を生み出すには至っておらず、雇用喪失リスクや雇用が実現していない状況が、新たな「AI関連雇用」の創出を明らかに上回っています。実際、世界全体のデータによると、AIや自動化によって失われた仕事(2023年以降で42万5,000件超)は、創出されたAI関連雇用(2024年以降で約28万5,000件)を上回っています20

こうした移行を管理する上で、政策対応は重要な役割を果たすでしょう。中国とインドは若い労働力がAIと競合するのではなく、AIを補完する存在となるようAI教育やデジタルスキル育成プログラムに投資しています。インドの経済調査(2024年~2025年)は、「若くて技術に精通した人口」を活用することでAIによる生産性向上を実現する一方で、スキル向上施策を強化する意向を強調しています。同様に、中国政府はAIを国家的優先事項として位置付けるのと並行して、バリューチェーンの上流への移行とハイテク雇用の創出に向けた取り組みを進めています。その結果、AI研究拠点や半導体設計分野への投資が喚起され、国内におけるイノベーションが促進されています21

重要ポイント

アジアの労働市場は構造的に多様化しているため、AIの影響も一様ではないと思われます。高齢化が進む社会では、生産性を押し上げ、労働力の代替となるAIは恩恵となるでしょう。一方で、若年層の多い途上国では、AIによる直接的恩恵が自動的にもたらされることはないと思われます。特に、AIがもたらす利益が資本集約的または技能集約的な分野に集中している場合はなおさらです。

そのため、AIによる生産性向上の恩恵を広く共有できるようにするためには、教育、リスキリング、包摂的な技術導入などの支援的な政策が極めて重要になります。これも、アジアにおけるAIの急速な普及については 国ごとの状況を踏まえて分析する 必要があることを示しています。

税制政策が果たす重要な役割:優遇策を推し進めるアジアと慎重姿勢の欧米

各国政府がAIの広範な経済的影響を見極めようとする中、税制および財政政策は、イノベーションを促進する、あるいはその副作用を緩和するための重要な手段となっています。ここでも、アジアのアプローチは米国とは明らかに異なる方向へと進んでいます。

アジア:税制優遇措置の活用がAIおよびテクノロジーへの投資を加速

アジア太平洋地域の多くの国で、AI開発を促進し、テクノロジーインフラの構築を推進し、かつハイテク投資を誘致するための税制見直しが積極的に行われています。

  • AIインフラを対象とした大規模税制優遇措置:インドの最新の連邦予算(2026年度)では、世界に向けてクラウドサービスやAIサービスを提供する大規模データセンターをインド国内に建設する外国企業に対し、21年間にわたり法人税免除(税率ゼロ)という大胆な措置が導入されました22。この前例のない免税措置は2047年まで続き、インドの巨大な市場や人材を活用することで、同国をAIコンピューティングやクラウドインフラ分野で競争力のあるハブにすることを目指しています。同予算ではさらに、新たな「Semiconductor Mission 2.0」のための公共投資として4,000億ルピー(約48億ドル)が割り当てられました。これは、国内の半導体製造を強化し、AIを支えるハードウェア分野の強化を目的としています23
  • 研究開発(R&D)税額控除の拡大:技術大国である日本と韓国では、AIおよび関連する戦略的セクターを対象に、R&Dを対象とした税制優遇措置を拡大しています。日本では2025年に連立与党が税制改革を承認し、AI、先端ロボティクス、半導体といった「国家戦略技術」に該当する分野のプロジェクトに取り組む企業に対し、R&D税額控除を投資額の40~50%まで引き上げることを決めました24。この大胆な引き上げは、国内のイノベーションを促進し、R&D活動を国内にとどめておくことを目的としています。この税制改革ではまた、設備の近代化や技術の大規模導入を促進するため、業種を超えた大規模設備投資に対して7%の税額控除(または即時全額償却)を認める制度も新たに導入されました25
  • 国家的優先事項としての戦略的技術:韓国も、AIおよび半導体技術を国家戦略産業として認定し、手厚い税制優遇の対象としています。2025年の税制改革では、AIデータセンターおよび関連技術が国家戦略技術リストに正式に追加され、これらの分野の投資に対する所得控除が従来の1~10%から15~25%に引き上げられました26。これにより、例えば7兆ウォン(46億ドル)規模のAIデータセンタープロジェクトについて、今後は1兆ウォン超の税額控除を受けられる可能性があります。これは実効コストが大幅に削減されることを意味します27。こうした動きのベースにあるのは、ハイテクセクターを支援するという韓国政府の戦略です。注目すべきことに、韓国では2017年に、懸念される雇用喪失を抑制するために自動化関連の税額控除の一部が縮小されましたが(いわゆる初期の「ロボット税」)、現在はAI投資を促進する方向に転換しており、労働者との「共存」を図る施策(再訓練支援など)も進められています。
  • 中国の税制および財政支援:中国は、直接的な国家投資や産業政策を通じてAI分野での主導権獲得を図ることが多いですが、税制を通じたイノベーション促進も行っています。中国政府は、場合によってはR&D費用の最大200%という超大型のR&D費控除を認めており、これは大半の欧米諸国を大きく上回る支援規模です28。こうした超大型の所得控除制度に加え、中国政府は多額の研究助成金や政府調達も提供しており、中国企業のAI関連研究コストの削減につながっています。さらに、中国のテクノロジー企業は「ハイテク企業」認定を受けることで優遇税率が適用されるほか、一部の地方自治体は、AI企業を対象に税還付制度を設けています。こうした税制の積極的活用により、経済協力開発機構(OECD)の推定によると、中国のR&D税制優遇による支援は、米企業が足元で実質的に受けている支援規模の10倍超に上ります29

米国:慎重姿勢と議論

一方、米国では、AIに特化した税制優遇措置や特定の課税制度を導入しておらず、より慎重なアプローチを取っています。

  • 直接的なAI税制優遇措置はない:米国は、R&D税額控除や基礎科学への投資といった包括的な施策を取っています。実際、イノベーションに対する米国の税政策は手厚さが低下しているとも言えます。2022年の法改正により、企業はR&D支出を即時償却ではなく5年間にわたって償却することが義務付けられました。これによりR&D費控除額は実質的に半減し、企業によるR&D支出の削減やイノベーション関連の採用削減につながっています30。総じて見ると、R&Dに対する米国の税制支援は国際基準からみて控え目な水準にあり、OECD加盟国平均の約5分の1、中国と比べると10分の1未満となっています31。2022年のCHIPS法により、AIに欠かせない半導体のサプライチェーン強化を目的として、国内の半導体製造施設に対する25%の投資税額控除が導入されましたが32、AIの開発や導入を対象とした連邦レベルの特定の税制優遇措置はありません。全体的には、米国も依然として税制優遇面で競争力を有していますが、アジアが明らかにリードし、支援的なエコシステムとコスト競争力を備えていることを踏まえると、アジアの税制優遇措置の方が実際にはより高い効果を発揮する可能性があります。
  • 「ロボット税」を巡る議論:ワシントンでより大きな議論となっているのは、AIや自動化に対する課税の可能性に関するもので、背景にあるのは将来の雇用喪失への懸念です。複数の著名人や議員が、人間の労働力を代替するAIシステムやロボットに対する税制優遇を縮小する「ロボット税」の導入を提案しています33。例えば、バーニー・サンダース上院議員とマーク・ケリー上院議員は先日、AIによる自動化やAI企業の利益への課税を提案しました。その目的は、労働者の再訓練のための財源にしたり、企業が従業員をAIに置き換えるのを抑制したりすることです34。今のところ、こうした提案は構想レベルにとどまっています。一方で、一部の有力エコノミストは資本財への過度な課税が経済成長の減速につながった過去の過ちを引き合いに出し、AI投資への課税はイノベーションや生産性向上を妨げる可能性があると警告しています35。多くの専門家の間では、新たな課税によってAIの導入を抑制するよりも、研修プログラムに対する税額控除や社会的セーフティーネットの強化などを通じて取り組みを進める方が望ましいという意見が一般的です36

重要ポイント

AIに対する財政政策のスタンスは、アジアと米国では大きく異なります。アジアの多くの国はAIを機会と捉え、税制優遇、資金提供、インフラ支援を通じてAI人材や投資を誘致しようと張り合っています。米国の政策対応は、一般的なハイテク・半導体補助金を除けば、「直接介入しない」姿勢を維持しており、AIがもたらす破壊的影響の可能性に対する慎重姿勢が表れています(図表2)。

図表2: AIおよびテクノロジーに対する課税・優遇政策は国によって大きく異なる

AI・テクノロジーに対する課税・優遇政策
アメリカ現在まで、AIに特化した税制や優遇制度はなく、一般的なR&D税額控除(2022年の法改正で実質的に縮小)やCHIPS法による大規模補助金(米国内の半導体工場に25%の税額控除)にとどまる。一部の議員からは、雇用喪失対策としてAIや自動化に対する「ロボット税」を提案する声もあるが実現はしていない。
中国AI促進を目的とした税制優遇措置を積極的に導入している。超大型R&D費控除(R&D費用の最大200%)は欧米諸国の一般的水準を大きく上回る。AIスタートアップおよび半導体メーカーを対象とした多額の国家投資や補助金提供。「ハイテク」認定企業には法人税率を軽減。AI導入に対する課税計画の噂はなく、成長への政策支援に重点が置かれている。
日本戦略技術を対象とした税制優遇措置を強化している。2026年度においては、AI、ロボティクス、半導体といった「国家戦略技術」分野のR&D税額控除を支出額の40~50%まで引き上げている。また、先端技術に関する大規模設備投資については、7%の税額控除(または即時全額償却)を認める制度を新たに導入。欧米諸国の優遇制度に対抗することで、R&Dや生産活動を国内に留め置くことが狙い。
韓国AIを国家戦略技術として認定し、税額控除の対象としている。2023~25年の税制改革により、AIデータセンターおよび関連技術に対する所得控除が従来の1~10%から15~25%に引き上げられた。これによりAIインフラコストは大幅に低減し、例えば50億ドル規模のAIクラウドセンターであれば、約8億~10億ドルの税制優遇を受けられる可能性がある。韓国は2017年に、雇用喪失対策として自動化設備向け税制優遇を縮小したことがあり、これは非公式には「ロボット税」と呼ばれていた。しかし現在の政策は、労働者の再訓練支援と並行してAI投資を促進し、成長を管理する方向へ転換している。
インド免税措置とハイテク投資推進策を展開。2026~27年度連邦予算では、インド国内でクラウド/AIデータセンターを建設する外国企業に対し、2047年まで「免税」とする措置を導入している。この21年間にわたる税率ゼロ制度と、半導体を対象とした4,000億ルピー(48億ドル)の新たな政府投資は、世界的な大手テクノロジー企業を誘致し、インドのデジタルインフラを強化することを目的としている。またインドは、AIスキル育成プログラムやイノベーション拠点への資金提供も進めており、財政政策を活用して同国をAIイノベーションおよびAI導入の重要拠点とすることを目指している。

イラン戦争の影響:利益率の低下は最終的に価格上昇につながる可能性

地政学的要因も、ここにきてAIサプライチェーンと影響を及ぼし合う関係になっています。市場はイラン紛争がもたらし得るインフレ圧力をようやく理解し始めたところですが37、アジアにおけるAIおよび半導体エコシステムを巡り、2つの微妙な動きが新たに浮上しています。

第1に、AI・半導体に対する楽観論は根強く、実際の活動水準は予想を大幅に上回って推移しています。第2に、イラン紛争の影響は、直ちに価格に転嫁されるよりも、まずは利益率への圧力という形で表れる可能性があり、コストが水面下で蓄積され、その後徐々に価格へ転嫁されるリスクが高まっています38

戦争開始以降、アジアのテクノロジー関連マクロ経済指標は 強気予想を大幅に上回って 推移しています。第1四半期のGDP成長率は、シンガポールが前年同期比+6.0%で6四半期ぶりの高水準となったほか、韓国は同+3.6%、台湾は同+13.7%、日本は前期比+2.1%(季節調整済み年率換算)となり、いずれもコンセンサス予想を上回る数年ぶりの高水準を記録しました。さらに、月次輸出、鉱工業生産、半導体輸出といった高頻度データも、4月と5月は力強い伸びが続いています。例えば、シンガポールの4月鉱工業生産は前年同月比17.6%増となり、特に電子機器の生産が44%と急増しました。同様に、韓国の5月輸出は前年同月比53.2%増となり、コンピューター関連輸出の291%増が大きく寄与しました。また、台湾の5月製造業購買担当者景気指数(PMI)は5年ぶりの高水準を記録しました。これらの一部は前倒し受注を反映している可能性もありますが、地政学的緊張にもかかわらずAI関連需要が引き続き堅調であることを示しています。重要な点は、企業が原材料コストや物流コストの上昇を吸収するとともに、在庫を活用し、調達先を分散させ、効率性を向上させることで生産量を維持し、納期の遵守や顧客関係の維持に努めていることです39

とはいえ、イラン戦争をきっかけに構造的な脆弱性が露呈したことも事実で、その影響は現在、サプライヤー納期の遅れやPMIデータにおける価格指数の上昇という形で表れています。ホルムズ海峡周辺の混乱やカタールのラスラファン複合施設への被害を受け、アジアが湾岸地域のエネルギーおよびヘリウム(どちらも半導体工場やデータセンターに不可欠です)に依存していることが浮き彫りになりました40。特にヘリウムは代替が困難な資源です。天然ガスの処理工程の副産物として得られ、世界でもごく限られた場所でしか生産されません。半導体工場では高純度冷却やリーク検査に特に適しています。量産可能な合成の代替品がなく、新たな供給をすぐに増やすこともできないため42、ヘリウムの不足は特に深刻な問題となり得ます41。さらに、液化天然ガス(LNG)の問題に加えて、中国の輸出制限に伴う硫黄の不足や半導体化学材料として不可欠な臭素の不足も、新たな課題となっています。

こうした不足状態が続けば、価格調整の前に利益率への圧力が一段と高まることが予想されます。エネルギー、輸送費、ヘリウムなどのコストは上昇していますが、企業はこれまで、これらのコスト圧力から顧客を守ってきました。しかし、PMIデータを見ると、インプット(投入)価格のみならずアウトプット(販売)価格も上昇し始めています(図表4)。また、電子部品セクターの川上の生産者物価指標も上昇基調を示し始めており、コスト圧力の高まりを示す小さなシグナルと言えます43。需要が力強く、供給が一部で逼迫していることから企業側には価格決定力がありますが、たとえそれを行使しても徐々に不均一な形になり、利益率のバッファを取り崩し、応急的対策を試した後の話になると思われます44

AI競争におけるアジアのポジション:成長の余地あり

アジア太平洋地域における構造的なAIストーリーは底堅さを維持しており、欧米諸国で急速に進化するソフトウェアおよびプラットフォーム主導のAIシフトを補完しています。ハードウェアを中心としたアジアのイノベーション・エンジンは、AIに欠かせない半導体を供給し、より低コストでのAI拡大を支える協働的な開発モデルを後押しすることで、同地域を世界のAIバリューチェーンの中核に位置付けてきました。このポジショニングは積極的な産業政策や財政政策によって強化されており、企業が短期的にエネルギー、物流、原材料コストの上昇を一段と吸収せざるを得ないとしても、アジアが引き続きAIによってさらなる生産性向上を実現できることを示唆しています。

長期的に見て、アジアは規模、能力、政策支援の組み合わせにより、AI時代における経済的受益者として十分に台頭可能なポジションにあります。ただし、そうした恩恵が完全に実現する前に、利益率が幾らか圧迫されることが予想されます。

とはいえ、アジアは多様性が高いため、AIが経済や労働市場へ及ぼす影響も均一なものにはならないでしょう。各国政府も、こうした結果を成り行きに任せているわけではありません。税制優遇や財政的インセンティブは戦略的な競争の場となっています。今後数年間は、AI主導の生産性向上サイクルの次の段階をどの地域がリードし、そこから得られる利益をアジアの多様な国々でどのように分け合うかを決める上で、AIの導入を支援しながらコスト圧力を管理するための政策の選択が重要な要因になると思われます。

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