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関税が経済と市場にもたらすもの

トランプ政権が「解放の日」と呼んで発表した関税政策は、市場と投資家に予想を上回る衝撃を与えました。今回の関税の狙いは、米国のあらゆる貿易相手国との貿易赤字を是正することとみられますが、インフレ、経済成長、金融政策にまで広く影響を及ぼすものと予想されます。本稿では、関税政策の経済および市場へ及ぼす影響を説明し、投資家の皆様の理解を深めることを目的としています。

Jennifer Bender profile picture
Global Chief Investment Strategist
Elliot Hentov profile picture
Head of Macro Policy Research
Simona M Mocuta profile picture
Chief Economist

今回の関税措置の内容がようやく明らかになりました。過去約3カ月間、投資家は関税をめぐる不透明感のなかでポジション調整に苦慮してきました。どの製品や国が対象になるのか、関税は主に交渉手段として使われるのか、それともそれ自体が目的なのか、米ドル政策はどう変化するのか、トランプ政権の優先事項に関して待ち望まれていた明確な答えが、「解放の日」に明らかになりました。

意外なことに、今回の関税措置の主眼は、米国のすべての貿易相手国との貿易赤字の是正にあるようです。公表された相互関税は、貿易相手国が米国に課している実際の関税率に基づくものではなく、各国との二国間貿易赤字額に基づいて設定されています。

重要なことは、4月2日発表の関税が予想を大きく上回るもので、史上最短の期間で引き上げが行われる上に、平均関税率が100年ぶりの高水準になったことです(図表1)。

もっとも、今回の関税率は事実上の「最大値」と見なされており、交渉の余地が残されています。今後数週間から数カ月にかけて、二国間交渉や貿易協定に関してさらなる動きが見込まれます。言い換えれば、今回の発表が市場に与えた衝撃を踏まえ、今後は貿易戦争の激化および貿易障壁(関税と非関税障壁)の緩和という両面のリスクが並存すると考えられます。

関税の発表を受けて、米国株は翌日大幅に下落し、S&P500指数は4.8%安、ダウ工業株30種平均は4.0%安、ナスダック総合指数は6.0%安となりました。債券利回りも低下し、ドルも急落。米10年物国債の利回りは、10月中旬以来の低水準となる4.0%で引け、ブルームバーグ・ドル指数は2005年の同指数開始以来最大となる2.1%の下落を記録しました。

関税がインフレとGDPに与える影響

関税に対する当初の市場の反応は、中長期債の利回りの動きを見ると、市場参加者が関税を総じてマイナスの需要ショック(需要減退)と捉えていることが示唆されます。言い換えれば、関税はインフレよりも経済成長への影響の方が大きいと見られています。また、年末にかけて米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げの織り込みが市場でさらに進んでいます。6月の利下げはすでに完全に織り込まれ、7月までに1.8回、年末までにはおよそ3.8回の利下げが織り込まれています。

この見方は、金融市場の中期的なインフレ期待にも表れており、直近数週間は比較的落ち着いた動きを示していました(図表2)。特に注目すべきは、関税発表後にインフレ期待が実際に低下したことであり、これは市場が関税によるインフレ圧力を一時的なものと見ていることを示唆しています。この見方の背景には、以下の2つの理由があると考えられます。

  1. 関税によって物価が上昇しても、消費者の購買力が拡大しない限り、マイナスの需要ショック(需要の減少)が初期のインフレ効果を相殺する可能性があること。
  2. 長期的には、関税によって加速するとみられるリショアリング(製造業の国内回帰)やフレンドショアリング(友好国への移転)などの政策により、世界全体で生産能力が拡大したとしても、需要の増加が伴わない場合、それはデフレ圧力となること。

GDPへの短期的影響については、楽観的なシナリオでは、政府が関税収入を経済に再分配することによって影響が一定程度は緩和されるでしょう。また、輸出業者や為替相場が、輸入商品のコスト増の一部を吸収する可能性もあります。ただし、どの程度の関税収入が再分配されるのか、その時期や具体的な再分配の手段については依然として不明です。

今後発表される経済成長を促進する政策が、関税による成長の下押し圧力を和らげる可能性もあります。こうした政策には、財政パッケージをはじめとして、金融規制の緩和、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)の創設、AI関連支出の拡大、さらには、現時点では未定ではあるものの、重要産業への新たな投資が含まれる可能性があります。

3月予測からの修正

関税の動向が当社のマクロ経済見通しに与える影響について説明します。年初来、FRBのデュアル・マンデート(雇用最大化と物価安定)に対するリスクが両面で高まっていると強調してきました。3月時点の当社予測では、景気の減速は予想されるものの景気後退には至らないというベースライン・シナリオを維持していました。個人消費の鈍化(2024年:2.8%→2025年:2.2%)により、実質GDP成長率が2024年の2.8%から2025年には2.0%へと減速すると予測していました。

3月時点では、関税の影響から2025年下期のコアPCEが0.4〜0.5ポイント程度押し上げられると見ていましたが、4月2日に発表された関税措置を踏まえ、以下のように見通しを修正します。

  • 2025年末のコアPCEインフレ見通しを約0.3ポイント引き上げ、前年比2.9%に
  • 2025年第4四半期の実質GDP成長率見通しを0.2ポイント引き下げ、前年比1.5%に
  • FRBの利下げ年内3回を維持

もっとも、3回の利下げ予測の根拠は以前に比べてより深刻なものになっており、「利下げできるから利下げする」ではなく、「利下げせざるを得ない」という局面に変わりつつあります。現時点ではリセッション(景気後退)入りを基本シナリオとしていないものの、その可能性は確実に高まっており、35〜40%程度の確率と見ています。

景気後退の可能性は高くはないが、リスクはある

当社は依然として、「ソフトランディング」が基本シナリオであると考えていますが、発表された関税措置の重要性を軽視しているわけではありません。関税を用いて貿易不均衡を是正することには多くの困難が伴います。具体的に言えば、関税は国内産業の保護、新興産業の育成、グローバル・サプライチェーン・ショック発生時における重要品目の外国依存度の低減といったポジティブな目的を達成するために導入されることもありますが、その影響は当初の目的を超えて広く及ぶ可能性があります。

歴史的に見ても前例は限られますが、2018~2019年のトランプ大統領第1期政権下における関税措置に関する研究では、実質所得およびGDPに対してマイナスの影響が示されています1。今回の関税については、経済学者や政策アナリストによる試算によれば、経済成長率への下押し圧力が最大で2%に達する可能性があり、これにより米国経済が景気後退に陥るリスクもあります。関税は長期的には、競争力の低い企業を保護し、資源の非効率な配分を招き、そしてイノベーションを抑制することになり、経済の効率性を低下させる可能性もあります。

ここ数カ月間の株式市場の低迷と、それに伴う消費者心理の悪化は、市場がこうしたリスクを認識していることを示唆しています。今後、関税の協議は長期化が予想されます。最終的な合意に至る前に、短期的には報復措置を通じた貿易戦争の激化が起こる可能性があります。例えば中国は既に、米国製品に対して34%の報復関税を発表しており、この動きが世界経済成長率予測のさらなる下方修正を促す要因となっています。

関税の世界的影響

米国による関税措置の影響が米国以外の世界経済にどのように波及するかは、極めて重要なポイントです。今回の最大のサプライズは、ベトナムやタイなどのアジアの新興国にまで関税が課されたことであり、これは中国からの貿易迂回を抑止するというメッセージと受け取られます。また、今後は新興国通貨の下落を通じた悪影響も考えられます。

一方、欧州株式がアウトパフォームする可能性があります。現時点で、英国は一律10%の関税のみが適用された数少ない国の一つであり、ある意味で「免れた」存在と言えます。実際、対米市場アクセスという観点では、米国が中国に課す関税と比較した場合、英国が最も有利な国となっています。(図表3)

さらに重要なのは、欧州連合(EU)は、米国の対欧サービス輸出に対して報復関税を課す可能性があり、報復措置を講じる上で比較的強い立場にあるという点です。仮に、英国が引き続き「目立たない存在」にとどまり、EUが比較的強い交渉力を発揮して米国を交渉のテーブルに引き出すことができれば、年初来から見られる欧州株の米国株に対するアウトパフォーマンスが続く可能性があります。

全体像、リスクの特定と管理

4月2日に発表された関税措置は、トランプ第1次政権時に始まった取り組みの延長線上にあることを再認識する必要があります。これらの政策はバイデン政権下でも引き継がれ、米国のサプライチェーンの強靭性の向上、安全保障の強化、そして世界における米国の戦略的利益の追求を目的としていました。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や近年の地政学的緊張および武力衝突などによって、これらの目的の重要性がさらに高まりました。

こうした課題に的確に対応する政策は、長期的には米国経済にとって純粋なプラス要因となる可能性があります。ホワイトハウスも、これらが政策の意図であることを明言しています。ただし、アナリストの間では、現時点までに発表・実施された政策が、期待される成果を上げる可能性は低いとの見方がコンセンサスとなっています。もっとも、依然として不確定要素は多く、先行きを見極めるには時間がかかるとみられます。

当社は常に、ポートフォリオに対する脆弱性とリスクを早期に特定することに注力しています。景気減速が短期的だとしても、債券利回りの低下につながります。年後半に控える米国の財政政策は、長期債務の持続可能性に対する懸念を再燃させるおそれがあります。また、米国の貿易赤字の縮小やリスク資産の収益性に対する懸念は、短期的な関税ショックが収束した後にドル安要因となる可能性があります。

今後も、地政学的動向の推移や、消費者・企業・投資家の反応を注視しながら、状況への理解を深め、当社の見解を継続的に発信してまいります。当社の最新のマクロおよび地政学リスク分析については、こちらをご覧ください。

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