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Uncommon Sense

FRBの利下げの裏にある隠れた真実

「政策金利が引き締め的な領域にあるなかで、基本的な見通しとリスクバランスの変化は、政策スタンスの調整を正当化する可能性がある」

– ジェローム・パウエル、ジャクソンホール講演、2025年8月22日

Michael W Arone profile picture
Chief Investment Strategist

資本市場の参加者は、米連邦準備制度理事会(FRB)が9月17日に利下げサイクルを再開すると確信するに至りました。CMEグループのフェドウォッチ・ツールは、次回の米連邦公開市場委員会(FOMC)での利下げ幅が予想外の50ベーシス・ポイント(bp)となる確率さえ若干あることを示しています。投資家は現在、今年中に3回の利下げを予想しており、2026年にさらに3回の追加利下げが実施される可能性もあるとみています1。金融政策の緩和が予想されるなか、株式は史上最高値を更新し、債券利回りは低下、金は高騰し、米ドルは弱含んでいます。

利下げを予想する報道が注目しているのは、FRBが2つの政策マンデート ― 物価安定と雇用の最大化 ― のバランスを取るのに苦戦していること、そして中央銀行の独立が失われたか否かという点です。一方、その裏側では、国内総生産(GDP)成長率の減速、そして流動性逼迫の可能性が高まりつつあり、FRBがすでに後手に回っている可能性を示唆しています。

そのため、FRBが今、利下げを開始することが極めて重要になっています。

FRBは板挟み状態

FRBが積極的に利下げをすべき理由は明確ではありません。FRBがインフレ指標として重視する個人消費支出(PCE)物価指数(食品とエネルギーを除く)は1年前から2.9%上昇しています2。同指数はFRBのインフレ目標である2%を著しく上回っており、ここ数ヵ月で上昇しています。FRBはまた、関税引き上げで一時的に物価が上昇し、インフレ指標がさらに悪化する恐れがあるとの懸念も表明しています。

一方で、失業率は4.3%と歴史的な低水準にとどまっています3。アトランタ連邦準備銀行の最新のGDPナウは、第3四半期のGDP成長率が3.1%と堅調な伸びになることを示唆しています4。S&P500指数構成企業の第2四半期の利益の伸びは前年同期比12%となりました5

関税引き上げで利益率が損なわれるとの不安があるものの、前年同期比で見た売上高の伸びは、引き続きコスト上昇率を2%近く上回っています。その結果、S&P500指数構成企業の営業利益率は過去最高に迫りつつあります。消費者は消費を続けています。そしてクレジット市場にストレスの兆候は見られません。

興味深いのは、パウエル議長が8月末のジャクソンホール会議でインフレ対決姿勢を取り下げ、労働市場の下振れリスクに重点を置き、FRBが9月に利下げサイクルを再開する可能性があるとのシグナルを送ったことです。

そこで浮上したのが、FRBは経済のファンダメンタルズに対応しているのか、それとも利下げを求めるトランプ政権の政治的圧力に屈したのかという疑問です。

揺らぐFRBの独立性神話

FRBの独立性をめぐる懸念は今に始まったことではありません。世界金融危機(GFC)に対処するため2008年11月に長期米国債とモーゲージ担保証券の購入を開始した時、FRBの独立性は損なわれました。

そしてホワイトハウスとFRBの間の緊張関係には長い歴史があります。1965年には、リンドン・ジョンソン大統領がテキサスにある自身の牧場で、FRBの利上げの決定を撤回させようとウィリアム・マクチェスニー・マーティン・ジュニアFRB議長に対し威圧的な態度を取りました。1972年の大統領選が近づくなか、リチャード・ニクソン大統領はアーサー・バーンズFRB議長に金融政策を緩和するよう圧力をかけました。1981年には、ポール・ボルカーFRB議長がロナルド・レーガン大統領の減税措置は自身の金融政策目標の障害になるとして、減税による財政赤字はインフレとの闘いにとって逆効果であると主張しました。

過去にこうした事例があるにもかかわらず、現在、金融政策を巡る緊張は高まっており、見通しはかつてないほど複雑化しています。インフレリスクが上振れに傾く一方、労働市場のリスクは下振れ方向にあります。FRBの2つの政策目標は真っ向から対立しており、その結果、政策策定者にとって厳しい状況が生じています。

広範な財政政策の変化で強まる逆風

トランプ政権は世界の貿易システムを再構築しています。移民政策の厳格化は労働力の伸びの鈍化につながっています。税金、歳出、規制に関する政策の変更は、経済と生産性にとって重要な長期的影響を及ぼすでしょう。パウエル議長がジャクソンホールの講演で指摘したように、「これらの政策が最終的にどこで落ち着き、経済にどのような持続的影響を及ぼすのかは極めて不透明です」6

FRBはインフレと闘うことを当然とは考えないでしょうが、物価は上昇するとの見通しに確信を強めているようです。FRB高官は関税引き上げで一部の商品カテゴリーの価格が上昇したと認めています。それでも、FRBは、関税が消費者物価に与える影響は現在はっきりと可視化されていると示唆し、比較的短命に終わると説明しています。FRBは、長期インフレ期待が十分に安定しており、長期インフレ目標の2%と整合的であるという事実に安心感を抱いています。

賢明なことに、FRBはトランプ政権が打ち出す過熱気味な政策によるインフレ圧力を予測することを止め、長期インフレ期待の変化に重点をシフトしています。

これは良い結論であり、インフレ期待の変化は金融政策の今後の経路に関する重要なシグナルになるでしょう。

雇用がぐらつき、FRBも認める

FRBはデュアル・マンデート(二つの使命)のインフレ部分について自信を強める一方、労働市場に関しては懸念を深めつつあります。

労働統計局によると、2024年初頭から2025年3月末に創出された米国の雇用は、従来報告されていたよりも91万1,000人少なかったことが分かりました。労働統計局が9月9日に発表した雇用統計の基準改定の速報値は、過去25年間で最大の下方修正となりました。過去3ヵ月間に雇用の伸びは平均で1ヵ月あたり約2万9,000人と、1ヵ月あたり16万8,000人だった2024年から減速しました。実際、改定データによると米国経済は6月に1万3,000人の雇用を喪失しています。

8月の失業率は僅かに上昇して4.3%と、依然としてまずますの水準にあります。しかしパウエル議長はジャクソンホール会議で、失業率は最近の低水準から1%ポイント上昇しており、これは歴史的にリセッション期以外では見られない動きだと指摘しました。労働市場にとってもう一つの不安な兆候は、9月11に発表された新規失業保険申請件数が約4年ぶりの高水準となったことです。

パウエル議長は、労働市場は労働者の供給と需要がともに減少した結果、バランスが保たれるという興味深い状況にあると説明しました。FRBは労働市場の下振れリスクが高まっているとみており、そうなればレイオフや失業者の増加につながる可能性もあります。

同時に、FRBは今年上半期に米国の経済成長率は大幅に減速して1.2%と、昨年の2.5%の約半分になったと指摘しています。

景気減速と労働市場の悪化を受け、市場参加者はFRBが9月17日に利下げサイクルを再開すると確信しています。FRBが予想通り政策金利の誘導目標を引き下げるのは間違いないでしょう。

しかし投資家が失望するリスクは高まっています。過去数週間の資本市場を見ると、米連邦公開市場委員会(FOMC)の会合後に典型的な「噂で買い、ニュースで売る」シナリオが実現するように思えるからです。

一緒にいると耐え難いが、必要な存在でもある

FRBが労働市場への不安を強めるなか、ホワイトハウスとの相互依存関係は無視できないものとなっています。トランプ政権とFRBは呉越同舟の関係にあります。意見は異なりますが、それぞれが財政政策と金融政策の目標を達成するためには、否が応でも、お互いが必要です。なんとも皮肉なことです。

トランプ政権とFRBが協力しなければ、経済はなんらかの危機に直面します。たとえば、リセッション、スタグフレーション、インフレ、長期金利の上昇、失業率の上昇など、いずれもいつ起きてもおかしくありません。そしてホワイトハウスとFRBは共にどの結果も望んではいません。

世界金融危機とコロナ危機の後、大規模な政府支出と量的緩和を同時に、継続的かつ徹底して実施したことで、財政政策と金融政策の関連性が強まりました。現在、大きく膨らんだFRBのバランスシートと政府の財政難でその関係はさらに強化されており、2つの組織の間でどちらが主導権を握るのか軋轢と対立が生じています。

そして投資家は、現在のますます複雑化する環境の下、財政・金融政策の強力な関係性を無視することはできません。

景気が減速し、流動性圧力が高まりつつある

財政・金融政策間の緊張以外に、放置すれば金融市場を混乱させかねない脅威が静かに頭をもたげつつあります。

ストラテガス・リサーチ・パートナーズによると、米国の財政赤字は8月に減少し、前年同月比での減少は過去6ヵ月間で5回目となりました。この間、米財政赤字は2,270億ドル減少しました7。奇妙なことに、その結果、財政による小幅な景気抑制効果が生じ、景気減速の一因となった可能性があります。

「1つの大きく美しい法」の影響が経済により強力に波及するまでは、米国の財政赤字は悪化しないでしょう ― ただし必ずしも改善しているわけではありません。これは米国債市場に脆弱な均衡をもたらしていますが、供給が改善しない限り、何らかの形で売りを強いられれば、金融システムに積み上がるレバレッジが顕在化する可能性もあります。

加えて、FRBのコロナ対応策の一環として創設されたリバースレポ・ファシリティ(RRP)の残高がほぼ枯渇しています。これはコロナ禍による超過資金時代の終焉を告げるものです。RRPがなければ、財務省の現金残高(TGA)の再構築に向けた資金投入と量的引き締め(QT)により、金融システムから流動性が引き出されることになります。9月15日は法人税の納付日であり、企業は銀行システムから資金を引き出すでしょう。次いで9月30日にも、四半期末でリバースレポが満期を迎えるため、流動性が流出します。通常、こうした資金移動により金融環境は引き締まります。

財務省とFRBの間では摩擦が強まっているものの、米財政赤字減少による予想外の景気抑制効果、RRP残高減少、TGA残高の再構築、QTの継続、法人税支払いによる金融環境の引き締まりといった問題を乗り切るためには、両者は協力する必要があります。

FRBが9月17日に利下げサイクルを再開することは極めて重要です。

住宅建設業者や小型株などの金利敏感株は株式市場で大きく変動しましたが、債券利回り、金、米ドルはすでに先を行き、この先、来年末までのFRBの利下げ回数の増加を織り込んでいます。

金融政策の今後の経路に対する関心が急速に高まるなか、これらの資産では、市場が不安定な動きを繰り返すと思われます。