イランと米国の対立は、エスカレーションと交渉が繰り返されるサイクルとして今後も続く可能性が高く、エネルギー市場は外交プロセスに翻弄される状況が続くとみられます。また、各種の緩衝要因(バッファー)が徐々に消耗するにつれ、マクロ経済への影響は次第に大きくなるでしょう。投資家にとっては、エネルギー価格と国債利回りの下値が切り上がることを意味し、中央銀行は慎重な政策運営を余儀なくされるほか、短期的には米ドルを支える要因となる可能性があります。
イランと米国の間で発生した最近の戦争後に成立した停戦は、当初から脆弱なものでした。そのことは、7月中旬に双方が報復措置を応酬する形で敵対行為を再開したことによって改めて浮き彫りとなりました。
プロイセンの軍事思想家カール・フォン・クラウゼヴィッツが論じたように、戦争とはしばしば政治的な対立を軍事的手段によって継続するものです。戦争終結に向けて締結された覚書(MOU: Memorandum of Understanding)は、紛争解決への道筋を示した一方で、その内容には曖昧さが残されており、永続的な停戦の維持を難しくしていました。
この覚書の第一の目的はホルムズ海峡の再開放でしたが、イランによる支配権の扱いについては意図的に結論を先送りしました。そのため、今回の戦闘再開は、この問題をめぐる激しい交渉の一環として理解するのが適切でしょう。イランは海運の規制・管理を行う権利を主張する一方で、米国は制限のない航行の自由を維持しようとしています。
米国にはホルムズ海峡の実力支配や、さらにはイラン政権への圧力を強めるだけの軍事的能力があります。しかし、中間選挙を控える中で、そのために必要となる経済的・政治的・軍事的コストを負担する意思は限定的です。一方のイランは、短期的な痛みに耐える能力と、紅海におけるフーシ派を通じた行動を含めて対立をエスカレートさせる意思を示すことで、最終的に米国(ワシントン)が譲歩せざるを得なくなると見込んでいます。
当社の基本シナリオ(ベースケース)では、一定期間にわたる圧力の応酬と瀬戸際戦術の末、米国がホルムズ海峡の管理におけるイランの一定の役割を認める妥協案を受け入れ、緊張が緩和に向かうと考えています。
その後の展開は、イランがさらにどの程度の譲歩を求めるかによって左右されます。核開発計画をはじめとする多くの懸案事項は依然として未解決のままであり、今後も緊張の高まりと緩和が繰り返される余地があります。イランにとって米国に対する最大の交渉力は市場を混乱させる能力であることから、市場のストレス局面が断続的に発生することは、今後の外交プロセスにおける特徴的な要素となる可能性があります。
最も望ましいシナリオは、速やかに停戦へ回帰し、残された課題について大きな混乱なく交渉が進展するケースです(確率15%)。最も可能性が高いとみられるのは、より包括的な合意に至るまでの間、圧力の応酬、交渉、そして部分的な合意が繰り返されるシナリオです(確率65%)。一方で、最も懸念されるシナリオは、いずれかの当事者による判断ミス、あるいは米国が再びイラン政権の存続そのものを脅かすような姿勢を取ることで、大規模な対立へと発展するケースです。この場合、供給ショックが長期化し、世界経済はスタグフレーションの影響を受ける可能性があります(確率20%)(図表1)。
図表1:イラン戦争のマクロシナリオ
| ベストケース(15%):停戦の再確立 | ベースケース(65%):解決の長期化 | 最悪のケース(20%):1979年の再来 | |
| 概要 | 停戦が徐々に定着し、エネルギー供給の正常化に向けた環境が整う | 米国による譲歩が実現するまで、外交交渉が数週間から数か月にわたり長期化 | 相互不信により軍事衝突が継続し、エネルギー供給に大きな損害が生じた後に最終的な合意へ至る |
| エネルギーフロー | 正常化が再開 | 夏から秋にかけてエネルギー供給が段階的に悪化 | 原油および石油精製品の供給ショックが長期化 |
| マクロインパクト | 世界経済へのスタグフレーション影響は限定的 | 一時的かつ比較的短期間の世界的なマクロ経済ショック | 世界的なスタグフレーション圧力が高まり、多くのリスク資産にとって逆風となる |
| 平均原油価格(2026年下半期) | 85ドル以下 | 90~100ドル | 120ドル以上 |
出所:ステート・ストリート・インベストメント・マネジメント、2026年7月27日時点
今回の戦争によるマクロ経済への影響は、これまでのところ市場が適応したことで比較的抑制されてきました。かつてホルムズ海峡を通じて輸送されていた日量1,500万バレルの原油のうち、およそ半分は主にサウジアラビアの東西パイプラインを通じて迂回輸送されました。加えて、中東域外からの供給増加や在庫の取り崩しも供給不足の一部を補完し、市場の需給均衡を回復するために必要な需要減退の規模を限定する役割を果たしました。また、覚書締結後の短期間の停戦は、原油輸送量の一部回復を可能にしました。しかし、その後の対立再燃によって、こうした輸送の回復は再び途絶えています(図表2)。
当社の基本シナリオでは、供給障害が断続的に発生し、その後ホルムズ海峡を通じた輸送が部分的に回復するという、最近見られたようなパターンが今後も続くと想定しています。しかし、その一方で在庫は徐々に取り崩されており、供給障害が繰り返されるたびに、市場や実体経済への影響はより早く、かつ大きく現れる可能性があります。特に、原油市場と比べて需給が逼迫しやすく脆弱な石油精製品市場が最大の弱点として残っています。ガソリンやディーゼル燃料、ジェット燃料などの供給は、原油そのものよりも供給余力が限られているため、供給混乱の影響を受けやすい状況にあります。さらに、本当のテールリスクは、空港や発電所、産業集積地といった重要拠点における在庫が突発的に枯渇する場合に生じます。そのような状況では、経済活動への影響は単純な供給不足にとどまらず、非線形かつ連鎖的に広がり、経済全体に大きな損害をもたらす可能性があります。
フーシ派による「サウジ輸出封鎖」の脅威は、地域的な対立拡大がもたらすより広範なリスクを示しています。フーシ派は、東西パイプラインを通じて迂回されている輸出ルートを標的とすることで、世界のエネルギー市場の安定化に寄与してきた重要な「ショック吸収機能(緩衝材)」そのものを脅かしているのです。
エネルギー価格は再び上昇しています。ブレント原油価格は停戦期間中、一時的に紛争前の水準まで戻りましたが、その後再び上昇基調に転じました。一方、石油精製品市場の需給逼迫はさらに顕著です。原油とは異なり、石油製品価格は覚書締結後も完全には下落せず、合意の実効性が薄れるにつれて、より速いペースで上昇しています。製油マージンや石油精製品の価値を示す指標であるブレント原油3-2-1クラックスプレッドは、現在、紛争前の約3倍の水準に達しています。一方で、原油価格の上昇は約1.25倍にとどまっています(図表3)。また、欧州の天然ガス価格はすでにイラン戦争以降の高値圏に達しています。
債券市場には、依然として紛争に伴うリスクプレミアムが残っているようです。米10年国債利回りは、紛争の初期段階では原油価格の上昇に連動して上昇しましたが、停戦後に原油価格が下落した際には、それほど大きく反応しませんでした。その結果、現在の利回りは、原油価格だけから推計される水準をおよそ30ベーシスポイント(bp)上回っています。さらに、エネルギー価格が再び上昇していることから、米国債利回りも紛争発生時の高水準に向けて再び上昇しつつあります(図表4)。米10年国債利回りは最近4.63%に達し、5月中旬に記録したピーク水準にあとわずかに迫る水準となっています。
市場と米国・イラン関係の間には、相互に影響し合うフィードバックループが存在します。特にガソリン価格や国債利回りといった経済的な負担は、ワシントンが長期的な対立激化をどの程度許容できるかを左右します。エネルギー価格や金利が低下すれば、さらなる対立激化を抑制する制約は緩和されます。一方、それらが上昇すれば、緊張緩和を求める圧力が強まります。
実際には、この構図によってエネルギー市場と債券市場の双方が高い変動性を伴いながらも、おおむね一定のレンジ内で推移しやすくなると考えられます。当社は原油価格が1バレル当たり80〜110ドルのレンジで変動すると予想しており、これは米国のガソリン価格で1ガロンあたり約4.00〜4.70ドルに相当します。債券利回りについても同様の動きが予想されますが、紛争が明確に解決されるまでは、やや上方向へのバイアスがかかるとみています。
当社は、米国のガソリン価格が持続的に1ガロンあたり5.00ドルを超えたり、米10年国債利回りが5.0%を上回ったりすることは難しいと考えています。そのような水準に達した場合、最終的にはホルムズ海峡問題をめぐる何らかの妥協が促される可能性が高いためです。これを上回る深刻な展開には、多数の死傷者を伴う事象や、対立のコストを受け入れる米国の意思を大きく高めるような新たなきっかけが必要になるでしょう。
中央銀行は、地政学的な不確実性が続く限り、慎重な姿勢を維持しつつも、ややタカ派寄りのスタンスを取る可能性が高いと考えられます。紛争が永続するものではないとの見方に基づけば、戦術的にはデュレーションを取る投資には一定の魅力があります。しかし構造的に見ると、財政赤字の拡大や国債発行増加、さらには地政学的リスクプレミアムなど、長期金利を押し上げる要因は依然として存在しています。
株式市場については、コスト上昇と資金調達環境の悪化が進む中で、高い利益率や価格決定力、そして安定した収益基盤を持つ企業が相対的に優位になると考えられます。短期的には、大型株優位の相場が継続する可能性があります。
米ドルは、安全資産としての性格に加え、米国経済の相対的な底堅さにも支えられ、当面は堅調な推移が続くとみられます。