債券市場を取り巻く環境は、イランを中心とした地政学的リスクの高まりや、エネルギー価格に起因するインフレの不透明感の高まりから影響を受けています。本レポートでは、債券資産への当面の影響だけでなく、戦争を巡るさまざまな結末が債券市場に与え得る影響について詳述します。
国債は歴史的に安全資産と見なされてきましたが、今回の紛争勃発以降、多くの国債がマイナスリターンとなっています。原油価格の上昇により、インフレ高進の観測に拍車がかかり、中央銀行の政策余地は狭まり、金融緩和への転換は遅れています。経済成長をめぐる懸念が高まっているため、クレジット・スプレッドは歴史的にタイトな水準から拡大基調に転じています。
米国債のイールドカーブには顕著な変化が見られます。2月に低下した利回りは、3月に入ってからすでに大幅に反転しており、イールドカーブ全域にわたって上昇しています。短期セクターは、中央銀行の政策の方向性の見直しに反応しています。長期セクターは、インフレ懸念と資金調達懸念から不安定な動きとなっています。
こうした動きは、政策期待の見直しとともに、イールドカーブがベア・フラット化へ向かう緩やかな動きを伴っています。デュレーションを短期化する戦略は、利回り変動に対する価格感応度が低いため、よりディフェンシブであることが明らかになっていますが、残存期間が最も短い国債へのエクスポージャーでさえも、パフォーマンスはマイナスに転じています。
イールドカーブの長期ゾーンでは、インフレ期待の上昇を背景に利回りが押し上げられており、10年ブレークイーブンインフレ率(市場が予想する将来の期待インフレ率)は2月末の水準から約10ベーシス・ポイント(bp)上昇しています1。同時に、軍事支出の増加やエネルギー問題を要因とする経済成長の減速に対する懸念を反映した財政不安の高まりにより、長期ゾーンのタームプレミアムは上昇しています。
投資適格債のスプレッドは1月に過去最低水準に到達した後、2月にはすでに拡大トレンドに移行しました。2月の動きは、経済成長への懸念や、人工知能(AI)の影響がソフトウェア関連の債券スプレッドに波及したことを反映しています。エネルギー価格の上昇と中央銀行が引き締めスタンスを強めるとの見通しを受け、経済成長に対する懸念とバランスシートの悪化懸念がさらに高まりました。
ハイイールド債のスプレッドも、プライベート・クレジットに対する懸念が下押し圧力となり、同様の動きを見せています。ただし、相対的に高いクーポンと短いデュレーションが下支えとなり、投資適格債よりも底堅く推移しています。
新興国市場の現地通貨建て債券は年初こそ好調でしたが、米ドル高とリスク選好度の低下を受け、その勢いは反転しています。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻に対する債券市場の反応は、足元の市場動向を理解する上で、有益なフレームワークを提供しています。侵攻の初期段階では安全資産への逃避が見られ、国債相場は急上昇しました。一方で、エネルギーショックがインフレ指標に波及するにつれ、各国の中央銀行はより積極的な引き締めサイクルへの移行を余儀なくされました。クレジット・スプレッドは拡大し、新興国市場資産のボラティリティは上昇し、デュレーションは信頼できるプロテクションとしての機能を失いました。
ントの悪化ではなく、主にエネルギーとインフレを通じて波及するという教訓が投資家に浸透していることを示唆しています。一方、重要な相違点もあります。今般、エネルギー価格は上昇していますが、2022年と比べると相対的に抑制された水準にとどまっています。また、米経済は景気サイクルの後期にあり、景気減速の影響を受けやすくなっているため、インフレの波及効果が限定される可能性があります。
ポートフォリオの構築を検討する際の枠組みとして、今後12ヵ月間に起こり得る3つのマクロ・シナリオについて説明します。
外交によって中東紛争が収束するシナリオです。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油価格は1バレル70~80ドルのレンジまで低下し、インフレへの波及効果に歯止めがかかります。各国中央銀行は、インフレは高止まりしないとの確信を強め、今年後半に利下げサイクルが再開します。
紛争勃発の当初は短期決着が目標とされていたことを踏まえれば、このシナリオは市場予想とおおむね整合的です。
主なエクスポージャー:ポートフォリオはイールドカーブの中間部分に重点を置き、投資適格債へのエクスポージャーは利回りの低下とスプレッドの縮小から恩恵を受けるとみられます。紛争勃発前にパフォーマンスが良好だったリスク資産(新興国市場の現地通貨建て債券や転換社債など)は、全般的に反発する可能性があります。
紛争が足元の状況から決定的にエスカレートすることや解決することもなく継続するシナリオです。原油価格は1バレル90~110ドルのレンジで高止まりするとみられます。インフレは膠着性を帯び、経済成長は鈍化することから各国の中央銀行の政策余地は大きく制約され、株式市場への下押し圧力は一段と強くなります。
主なエクスポージャー:この環境下では、ポートフォリオはリターンの獲得よりも、レジリエンス(耐性)が重視されます。当初は、投資適格(IG)の証券化クレジット商品など短期デュレーション戦略が選好されますが、経済成長が鈍化するにつれ、デュレーション長期化の余地が生まれます。環境変化を踏まえると、アクティブ運用が有利に働く可能性があります。金利リスクを取る場合は実質金利に着目すべきで、TIPSはインフレヘッジとして有効です。
より深刻な展開は、ホルムズ海峡をめぐる混乱がさらに大きくなり、紛争が拡大し、原油価格が1バレル130ドルを大幅に上回る急騰が生じるシナリオです。これは経済成長に対する大きな逆風となり、欧州の一部がリセッション(景気後退)入りする可能性があります。このような世界的なショックはリスク資産のパフォーマンスにとって足かせとなり、投資家は資金を安全資産にシフトするでしょう。
主なエクスポージャー:元本保全が最優先事項となります。高格付けの国債が安全資産としての役割を再び取り戻す可能性がある一方、インフレ連動証券は初期の物価上昇圧力に対するヘッジ手段となり得ます。リスクの高いクレジットや新興国市場へのエクスポージャーは、より慎重にモニタリングする必要が出てきます。クレジット投資では、経済の回復力が相対的に強い米国の投資適格債に注目することが考えられます。
市場は戦争の短期収束を織り込んでいるものの、長期化するリスクは依然として残っています。エネルギー価格の上昇はインフレリスクを高めます。最近の各国中央銀行の発言から判断すると、2022年に各国の中央銀行が価格ショックを一時的と判断した誤りを繰り返す可能性は低いと思われます。
これを反映して市場は債券利回りを押し上げています。和平合意が早期に成立し、海運や石油生産が正常化すれば、こうした動きは部分的に反転する可能性が高いと言えます。戦争が長期化し、インフレが加速した場合は、債券市場にとって大きな打撃になります。デュレーションの短期化やインフレヘッジ戦略により、ポートフォリオの耐性は向上するとみられますが、エネルギー価格の持続的な上昇が需要破壊を引き起こすターニングポイントが訪れる可能性もあります。経済成長の鈍化の明確な兆候が確認されれば、高格付けの国債は安全資産としての役割を再び取り戻すことが予想されます。