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インフレ形成要因と見通し


吉橋 諒佑

運⽤部
ポートフォリオ・ストラテジスト


足元で起こっている米国の物価指数の高騰に対して、市場では今後景気後退とインフレが同時に進行するスタグフレーションへとつながる可能性を不安視する声が高まっています。本稿では、現在のインフレ率上昇の背景を確認し、今後の見通しについて検討します。

US inflation

インフレ率上昇の形成過程においては通常、需要と供給のどちらかが影響を及ぼしますが、現在発生しているインフレ率の上昇は需給両面から作用していることが大幅な上昇につながりました。始めに需要サイドの要因から検討していきます。昨年春以降に世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、サービス業を中心に多くの経済活動が制限されると、政府は景気下支えのため、失業給付金など大規模な経済対策を実施しました。その結果、個人の可処分所得は感染拡大前を上回るほどに高まりました。その後、今年の春以降に感染拡大ペースの鈍化とワクチン接種の普及を受けて活動制限の緩和が進んだことで、それまで抑制されてきた需要が顕在化し、上述の旺盛な購買力と相まって、今年春以降の米国小売売上高は月間で過去最高を記録し、その後も感染拡大前を上回る水準で推移しています。

US retail sales

次に、現在のインフレ率上昇の大きな原因である供給サイドの要因を確認していきます。昨年春の感染拡大以降、職場での対人接触に制限がつくなど、厳しい行動制限がかされるようになりました。また行動制限の強化は需要の低下にもつながり、その結果多くの企業が大規模なレイオフを実施するなど、企業活動は短期間のうちに大幅に縮小しました。

その後、今年の春以降にワクチン接種が拡大してからは、上述のように企業・個人の経済活動が正常化し需要が回復してきたものの、感染の再拡大が断続的に起こる中で引き続き企業活動には一部制限が残り、幅広い業種の供給制約へとつながっています。

図表3はISM製造業入荷遅延指数の推移を示しています。この指数は50を超えると入荷遅延の増加を表しますが、指数値は今年の夏に過去最高水準を記録しました。その後も現在まで高水準で推移しており、供給制約が継続していることを示しています。

ISM manufacturing delay

こうした状況の改善に向けて、労働力を増強することで供給制約の解消につとめようと、多くの企業が賃上げや求人数の増加など採用活動を積極的に行っています。しかし図表4の通り、企業側は人手不足の解消のため、これまで以上に多くの求人を出しているものの、上述の多額の給付金の恩恵で家計に余力があることや、感染の再拡大に対する懸念が復職を妨げているために応募者が集まらず、採用人数は求人数の急増に比較して低い増加率となっています。

US labour market
US average hourly pay

今後の見通しについてFRBの政策担当者の多くは、インフレ圧力は高まっているものの、その多くはコロナウイルスの感染拡大に伴う一時的な要因によってもたらされたものであり、経済活動再開とともに供給制約が解消されればインフレ率の上昇は徐々に沈静化していくと見込んでいます。一方で、賃金上昇の継続や労働参加率の低下が定着することによって、インフレ上昇が長期化するリスクも警戒されています。

筆者は、インフレ率の動向については、今回のインフレをもたらしている要因の多くは新型コロナ感染拡大の影響に伴って発生しているために、経済活動の正常化に従い中長期的にはインフレ率は低下していくものと考えています。しかし、一部の企業では既に調達コストの上昇と材料不足による業績の下方修正が発表されており、また来年の前半まで供給制約の影響が続く見通しが示されていることから、短期的にはインフレ圧力が企業活動に影響することは避けられません。そのため、コスト上昇の影響を受けにくい収益性の高い企業を選別するなど、投資対象資産のインフレ耐性の考慮が重要な局面にあると考えます。

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