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Uncommon Sense

FRBはジャクソンホールでソフトランディングを脅かす発言をするのでしょうか?

「勝負は最後までわからない」

— ヨギ・ベラ

Chief Investment Strategist

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、8月24~26日に開催されるジャクソンホール経済政策シンポジウムで勝利をアピールするでしょう。2022年3月以降フェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を11回引き上げた後、予想を覆して史上わずか4回目となる経済のソフトランディングをやり遂げたのですから。

しかしFRBはインフレを退治したとは確信していないようです。したがって、ジャクソンホールでカーテンコールが起こることはないでしょう。むしろ投資家がパウエル議長に期待しているのは、これまで以上にインフレ退治にコミットするという強気な発言です。

ただその取り組みは、一筋縄ではいかないでしょう。労働市場の構造変化の影響でインフレは2%超で推移し、ソフトランディングが脅かされる可能性があることを、FRBは過小評価しているからです。

現在のソフトランディングを検証

景気後退観測がほぼコンセンサスであったにもかかわらず、米国経済は今年最初の2四半期に拡大しました。アトランタ連銀の経済予測モデル「GDPナウ」の第3四半期GDP成長率の最新予想値は、年率5.8%の大幅な伸びとなっています1

米国経済は今年最初の7ヵ月間で180万人超、月次平均で25万8,000人の雇用を創出しました。失業率は現在、50年を超える期間で最低水準となる3.5%にとどまっています2

消費者物価指数(CPI)は2022年6月に記録したピークの9.1%から、2023年7月には3.2%へと低下しています3。実際、FRBが新たに注目しているスーパーコア・インフレ率(変動の激しい食品、エネルギー、居住費を除くサービス価格のインフレーション)は3ヵ月年率換算ベースで2%近くで推移しています4

インフレ・データに関しておそらく最も重要なのは8月11日発表のミシンガン大学消費者信頼感指数で、1年先と5年先の消費者のインフレ期待がともに低下したことでしょう5。幸い、消費者のインフレ期待は一定のレンジにとどまっています。

一方、経済の中でも金利に影響されやすい住宅市場や製造業などは安定し、高金利環境に順応しています。S&P500指数構成企業の収益は、3四半期連続で1株あたり利益(EPS)成長率がマイナスをつけた後、ついに底を打った可能性があります。ファクトセットによると、アナリストは利益成長は今年最後の2四半期にはプラスとなり、2024年暦年には12.2%増と力強い伸びを見せると予想しています6

おめでとうございます、パウエル議長。やりましたね。これが我々の待ち望んでいたソフトランディングです。

金利上昇と経済

ゼロ金利から高金利への移行は、特にインフレ率が低下するなか、今年の経済成長に、最も予想外かつ過小評価されている、押し上げ効果をもたらしました。多くの消費者と企業の債務は、歴史的低水準の金利で固定されています。そして今世紀初めて、消費者や企業はマネーマーケット商品で、競争力のあるリターンをあげることが可能となっています。

このオペレーティング・レバレッジは、インフレ率が低下するなかで購買力を押し上げています。たとえば、8月5日にバークシャー・ハサウェイは、手元現金が6月末時点で1,470億ドルに膨らんだと報告しています。6ヵ月T-billの実勢利回りに基づくと、同社は年間80億ドル超の利益をあげられることになります。この結果に、手元資金が潤沢な消費者と企業の数を乗じてみれば、経済へのプラス効果がどの程度になるのか想像できるでしょう。

ちなみに、アップル、アルファベット、マイクロソフト、アマゾンはS&P500指数の中で特に手元資金が豊富な企業ですが、同時に、今年これらの銘柄は好調なパフォーマンスを見せています。投資家の目は侮れないようです。

この先の金融政策とインフレの動向

経済は成長しており、労働市場は力強さを見せています。インフレ率は低下しています。製造業、住宅市場、企業収益は一時的に軟化したものの持ち直し、その後は安定してきているようです。ゼロ金利時代に低利で巨額の資金を借り入れた消費者と企業は、現在、積み上がった手元資金から巨額の利益を得ています。株式投資家は、明らかにこれに気づいています。そして米国10年国債利回りが16年ぶりの高水準をつけるなか7、債券投資家もついに注目し始めたようです。

しかし、ソフトランディングに関するこうした朗報の大半は過去のことであり、今後の経済動向にとって、ほとんど意味がありません。

パウエル議長とFRB高官は、1970年代に引き締めと緩和を繰り返す政策ミスを犯したアーサー・バーンズ元FRB議長の亡霊に囚われています。そして、かつて金融政策史を学んだFRB政策担当者らは、伝説の元FRB議長、ポール・ボルカー氏が1980年代にインフレ封じ込めに3年を擁し、その間に2回の景気後退局面を経験したことを知っています。

ストラテガス・リサーチ・パートナーズによると、24ヵ国、計62回におよぶ過去のインフレ局面を分析したところ、物価高騰の波が1度で終わるケースは稀であることが明らかとなりました。物価高騰の波が複数やってくるのが、インフレの一般的なパターンのようです。米インフレの第2波は、最初のピークから平均30ヵ月後にスタートします。そして現在、米CPIがピークをつけた2022年6月から13ヵ月しか経過していません。

したがって、インフレを退治したと断言するのは早すぎるのかもしれません。7月下旬にストラテガスは、コモディティ・インフレの再燃を示唆している可能性のある13の要因(原油価格の高騰、穀物価格の上昇、銅や鉄鋼株の上昇など)をリストアップしました。

結局のところ、FRBは昨年インフレ抑制で大きく前進したものの、ほとんどのインフレ指標、特にFRBが注目するデータ、は以前として平均2%のインフレ目標を大きく上回っています。

そのためFRBは難しい判断を迫られています。FRBはインフレ率を目標値に戻すのに、十分な引き締めを既に実施したのでしょうか?それとも目標達成にはまだ不十分なのでしょうか?インフレが落ち着いたと確信できるまで、FRBは金融政策をさらに引き締める可能性が高そうです。

労働市場の構造変化が、2%のインフレ目標達成を阻む可能性

労働市場に軟化の兆候があれば、FRBはインフレの沈静化を確信できるとみて注視しています。しかし、足元の労働市場は求人件数が求職者数を上回り、賃金が急速に上昇するなど、引き続き過熱しています。

たとえば、8月21日に発表されたニューヨーク連銀の雇用調査によると、米国の労働者が新しい仕事に就く際に求める給料が過去最高となっています。求職者が転職してもいいと考える賃金の最低水準、いわゆる留保賃金は第2四半期に78,645ドルに上昇しました。そして企業側もこうした賃金引上げを求める声に応えようとしており、フルタイムの仕事にオファーされた賃金の平均は、過去1年間で14%上昇して69,475ドルとなりました。

こうしたなか、応募条件を満たす熟練労働者に対する需要は高止まりしていますが、労働市場で進む少なくとも6つの構造変化(FRBはこれらを過小評価)が、そうした熟練労働者の供給を制約し続けています。

  1. 離職する女性の増加。女性の労働参加率は50年以上にわたって上昇し、今世紀の変わり目に約60%でピークをつけました。それ以降、女性の労働参加率は低下しています8

    非営利団体リーンイン・ドットオーグとマッキンゼー・アンド・カンパニーがスポンサーとなって実施した調査、「職場における女性たち(Women in the Workplace)」によると、米国では女性役職者の離職率が数年ぶりの高さとなりました。実際、離職率の男女差は、調査開始以来の大きさに拡大しています9

  2. 海外生まれの労働者の減少。米国の労働力に占める海外生まれの労働者の割合は、2022年に過去最高を記録しました。しかし、米国への移民流入は2017年~2020年の移民政策変更および新型コロナ感染拡大を受けて、大幅に減速しています。サンフランシスコ連銀によると、州レベルのデータを分析した結果、移民流入の減速が、地域の労働市場をやや引き締め、失業者に対する求人倍率を2017年~2021年に5.5ポイント押し上げたことがわかりました10

  3. ベビーブーマー退職の増加。退職者数が、新規労働者の数を上回るペースで増加しています。ピュー・リサーチ・センターによると、2008年から2019年の間に、55歳以上の退職者人口は年間約100万人増加しました。パンデミック後の2年間で、55歳以上の退職者世代は350万人増加し、エコノミストの予想を大きく上回りました11。そのため労働力の供給は減少しましたが、おそらくそれよりも重要な点は、経済が大いに必要とする熟練労働者が労働市場からいなくなったことでしょう。

  4. ギグエコノミーの成長が、労働者に力を付与。パンデミック以前は米国労働者の約36%、5,730万人がギグエコノミーに関わっていました。2024年末には、ギグワーカーの数は7,640万人に達する見込みです。米国のギグワーカーは、国内経済に約1兆2,000億ドル寄与しています12。このように急成長する副業人口が労働統計でどのように捕捉されているかは不明です。ただこれが、本来ならタイトな労働市場において、労働参加率が低水準にとどまっているという理解し難い状況に寄与している可能性は高いでしょう。

5  中小企業は、応募条件を満たす熟練労働者の獲得に苦戦。全米自営業者連盟(NFIB)が発表した7月の中小企業楽観指数によると、採用難を報告した中小企業経営者の割合は42%と、歴史的に見て高水準となりました。この調査では「労働力の質」が、数ヵ月連続で「インフレ」を僅差で上回り、最も重要な経営上の課題にあげられています13

6 インフレ環境が労働者に力を付与。低インフレ環境で、応募条件を満たした熟練労働者が市場にあふれている場合、経営陣に諸手当や賃金を引き上げるインセンティブはほとんどありません。しかし、高インフレ環境で、条件を満たす熟練労働者が不足している場合、労働者は諸手当や賃金の引き上げを要求できます。

労働組合が米国の労働人口に占める割合は現在、最盛期の1970年代と比べてかなり小さくなっていますが、このところ労働組合が存在感を見せています。8月23日には、ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)の労働者が新たに5年間の労働契約を正式に承認しました。全米運輸労組によると、契約には大幅な賃金引上げ、安全対策やスケジュールの改善などが盛り込まれています。

UPSのキャロル・トメ最高経営責任者(CEO)は8月初旬に、UPSのドライバーは5年間の契約が終了するまでに給与と諸手当で平均17万ドルを稼ぐことができると発言しました。労働組合は、今回の合意について、企業単独としては民間部門で最大の包括的労働協約だと指摘しています。また、まだ妥結はしていませんが、8月初旬には全米自動車労働組合(UAW)が自動車会社に対し、今後4年間の労働契約期間における40%の賃上げを要求しました。

高インフレ環境で、応募条件を満たす熟練労働者が不足している場合、労働組合への参加の如何にかかわらず、福利厚生の改善や賃金の引き上げ交渉で“運転席に座る”のは労働者です。これは過去25年とは大きな違いです。

これら6つのような構造変化の影響で、おそらく賃金インフレは高止まりし、雇用市場は力強さを維持するため、FRBがインフレを封じ込めるのは一段と難しくなるでしょう。

FRBは窮地を脱して勝利をつかめるのでしょうか?

FRBは、インフレ目標達成の鍵が労働市場データの軟化であると知っています。

しかし、足元の労働市場の強さは、インフレ指標を現在の3%~5%の水準から目標の2%に戻すことが、このインフレとの闘いの最大の難所になることを意味しています。

パウエル議長は、1970年代に緩和と引き締めを繰り返すという金融政策ミスを犯したアーサー・バーンズ元議長の亡霊に囚われ、また依然として根強いインフレ、労働市場の構造変化に悩まされ、ジャクソンホールではインフレへの対決姿勢を強め、インフレ退治へのコミットメントを改めて確認し、まだやるべきことは残っていると強調する可能性が高そうです。議長は任務完了を宣言するのは時期尚早であるとの見方を示すでしょう。

市場参加者はFRBのインフレ退治への決意を過小評価しており、FRBが予想に反して年内1、2回の利上げを行えば、嫌気するでしょう。インフレを恣意的な目標まで引き下げようというFRBの頑なさ ―― そして実現に向けて懸命に取り組んできたソフトランディングという贈り物を快く受け入ることができないこと ―― は経済と市場の上昇にとって引き続き最大のリスクです。

考えられる結果の範囲は、依然として通常より大幅です。投資家は引き続き分散化のメリットを利用してリスクとのバランスを取りつつ、マネーマーケット商品からのリターンを最大化し、バリュー株、景気循環株、小型株など、割安で景気回復の恩恵をうける銘柄への投資を検討すべきでしょう。

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