「人口動態を見ると、若者対高齢者の戦いは既に始まりつつあります。私はこれを、“世代間戦争”と呼んでいます。若者は、自分の家族、仕事、富を成長させるために、自らのお金にすがりたいと考えています。高齢者は、自分たちの老後を支えるために、若者の税金や投資資金に頼ろうとしています。」
耳を研ぎ澄ますと、さまざまなヘッドラインニュースが日々飛び交うその水面下で、あるテーマが今にも爆発しそうな勢いで膨らんでいるのが分かります。それは、数ヵ月前から私の耳の中で鳴り響いています。グローバルに拡大するポピュリズムの次の戦いは、社会経済的なものではなく、若者と高齢者の間で高まる摩擦が発端になるかもしれません。
この耳鳴りが絶え間なく聞こえるようになったのは、ロンドンとテルアビブへの出張がきっかけでした。ロンドンで私は、英国の元首相であるトニー・ブレア氏とデービッド・キャメロン氏とのパネルディスカッションに参加しました。対談では、当然ながら、ブレグジット後の英国が直面する課題についても話し合われました。悲しいことに、英国は過去15年の間に、世界金融危機(GFC)、ブレグジット、パンデミックという少なくとも3回の大きな災難に見舞われています。その結果、英国の経済、政治、社会には、傷跡がいつまでも消えずに残っています。パネルディスカッションの後、クライアントや同僚と雑談していると、英国がこうした問題への解決策を模索する中で、若者と高齢者の間の緊張が高まっていることが明らかになりました。
その後、私は親友の1人と昼食を共にしました。私たちは幼なじみで、彼は、今は家族と一緒にロンドンで暮らしています。会話の中で、話題は自然と90歳になる彼の母親と、83歳の私の父親の話になり、2人とも身体は丈夫だが認知機能が低下し始めていることに話が及びました。私と同世代の多くの人が、高齢の親の介護という問題に直面しています。これは、将来の世代にとって、ますます大きくなっていく問題です。
私は2008~2011年までの3年間をロンドンで過ごし、今回はちょうど中国の旧正月の時期だったこともあり、里帰りのような気分でロンドンを訪れました。新型コロナウイルスによる渡航制限がようやく解除され、2億人を超える独身の中国人が旧正月を祝うために帰省しましたが、親や親戚から、いつになったら結婚して家庭を持つのかと質問攻めに遭ったことは想像に難くありません。同時に、中国当局は、2022年に中国の人口が60年ぶりに減少に転じたと発表しました1。既に逼迫している社会福祉や医療制度の財源となる納税者が減少し、中国は「豊かになる前に老いる」という恐ろしい可能性に直面しているのです。
テルアビブでは、それまで頭の中でばらばらに鳴っていた音がまとまって、メロディを奏で始めました。テルアビブは、10年以上前に1度訪れたことがありました。現在、新しくできた超高層ビルと、さらに多くの商業ビルや高層マンションを建設する大型クレーンで埋め尽くされていました。空港からホテルまでの車中からは、公共交通システムのテルアビブ・ライトレールが建設されているのが目に留まりました。
私は、テルアビブのエネルギッシュな雰囲気と、ロンドンの緊張感を対比せずにはいられませんでした。イスラエル人の同僚は、イスラエルはニュージャージー州と同じくらいの面積で、それなりに課題も多いと教えてくれました。しかし、日々の混乱や多くの出費にもかかわらず、イスラエルは、国内のインフラを大幅に改善するために必要な投資を行うことを明言しています。そして驚くことではないかもしれませんが、イスラエルの人口の3分の1近くは17歳未満で、平均年齢は約30歳であり、他の多くの先進国と比べて10歳近くも若いのです2。
出張から戻っても、頭の中のモヤモヤは消えませんでした。1月上旬に米国では、南北戦争前まで遡って最多となる15回目の投票でようやく、ケビン・マッカーシー氏が下院議長に決まりました。1月19日には米国の政府債務が上限に到達したため、財務省は政府を維持するための特別措置の適用を余儀なくされ、今夏にも再び、共和党と民主党の間で債務上限引き上げをめぐる議論がなされることになりました。
2月中旬、超党派の組織である米国議会予算局(CBO)は「2023~2033年予算・経済見通し」を発表し、財務省の支払い能力が今年7~9月の間に枯渇する見通しであると警告しました。レポートはさらに、2024~2033年の米国の財政赤字が平均で2兆ドルとなり、10年後にはパンデミックの期間中に記録した過去最高に近付く、との見通しを明らかにしました3。これを受けて、共和党は歳出削減への要求を強めると予想されます。
2月15日、元国連大使で前サウスカロライナ州知事のニッキー・ヘイリー氏が、大統領選の共和党候補者指名争いに出馬することを正式に表明しました。同氏は早速、バイデン現大統領とトランプ元大統領という2人の強力なライバルとの大きな違いをアピールしようとし、75歳を超える年齢の政治家は知力検査を義務付けるべきだと主張して物議を醸しています。現在51歳のヘイリー氏は突如、年齢を米国政治の大きな問題として提起したのです。
このニュースを聞いて、私はまるで雷に打たれたかのように、それまで頭の中でモヤモヤしていたことがクリアになりました。つまり、若者と高齢者との戦いがついに始まろうとしているということです。
私は今年50歳になります。50歳という年齢は若くもなく、かといって老人というほどでもなく、この若者と高齢者の戦いについて客観的に捉え、投資における意味合いを探るのに最適な年齢かもしれません。
米国は高齢化が進んでいます。統計を見ると愕然とします。今から20年も経たないうちに、米国史上初めて、高齢者の数が子供の数を上回る見通しです。国勢調査局によると、2060年までに米国人の4人に1人が65歳以上となり、85歳超の人口は3倍に増加し、100歳以上の人口は、今よりも50万人増加すると言われています。
米国にとってさらに大きな問題は、高齢者を支え、介護する若者が急激に減少するということです。1980~2007年の約30年間、米国の出生率は15~44歳の女性1,000人当たりおよそ65~70人で安定していました。ところが、世界金融危機以降、米国の出生率は20%も低下しています4。
現在、労働市場が既に逼迫する中、企業は優秀な人材を探すのに苦慮しています。優秀な人材に対する需要がある一方で、失業率は3.4%と、54年ぶりの低水準にあり、労働参加率も上昇していないため、人材不足が続いています。
その結果、社会保障制度、メディケア(高齢者向け医療保険制度)、メディケイド(低所得者向け医療保険制度)など、膨れ上がる給付金制度を支える若年労働者は非常に少なくなっています。このように、財政の基盤に綻びが生じると、将来的にグランドキャニオン級の大災害に発展する恐れがあります。
また、CBOが発表した今後10年間の予算・経済見通しレポートは、米国の財政状況についても同じくらい厳しい見通しを描いています。短期的には、税収が減少する一方で利払い費が急増し、ただでさえ厳しい政府の財政状況は一段と複雑さを増すとみられます。
共和・民主両党による手厚い財政政策により、政府支出は長期平均を上回る水準となっています。過去の同様の例(1980年代半ば、1990年代半ば、2010年代初頭)を見ると、債務上限の引き上げをめぐる交渉をきっかけに財政赤字は縮小しています。
ねじれ議会となっている今、債務上限の引き上げは極めて難しいと思われます。財政赤字削減の議論が加われば、交渉はますます困難になり、金融市場に重大な影響が及ぶ可能性があります。
こうした長期的な財政問題に対する有効な解決策は、すぐに思いつくものではありません。結局のところ、選挙を決めるのは、投票所に行く人なのです。米国では、投票に行く確率が最も高いのは高齢者です。通常、65歳以上の高齢者の投票率は60%を超え、年齢層別で最も高くなっています。一方で、最も低いのは18~24歳の有権者で、投票率はわずか30%程度です5。
この投票率の差により、高齢者は、その人数以上に政治的影響力が強くなっています。高齢者は、社会保障制度やメディケアといった公的制度を通じてもらえる給付金を守るために、投票しているのです。実際に、70歳を超える政治家の割合は上昇しており、議会は最も重要な有権者である高齢者の声が強く反映されるようになっています。現職と前職の大統領はどちらも70歳代で大統領に就任しました。今のところ、ミレニアル世代はおろかジェネレーションXの大統領も誕生していません。
投票に行かない若者は、特に共和党か民主党のどちらかの支持が明確に偏っている州では、自分の1票と最終的な選挙結果を結び付けて考えることができないのです。悲しいことに、若者の民主政治に対する信頼は他のどの年齢層よりも低く、ミレニアル世代は世界的に、ジェネレーションXやベビーブーマーが同年齢だったころと比べて、民主主義に対して幻滅を感じています。米国では、ミレニアル世代が20歳代前半の時、63%が米国の民主主義に満足していると回答しましたが、30歳代半ばになると、その割合は50%に低下しています。対照的に、ベビーブーマーの74%は、30歳代半ばの頃に米国の民主主義に満足しており、今でも68%が満足していると答えています。
懸念されるのは、非常に多くの若者が政治や選挙から遠ざかっているため、米国の財政状況を立て直すために必要な変革を実現できる若い有権者や政治家が十分にいないことです6。
財政の崖を回避するために必要な行動は、決して謎ではありません。体重を減らすために健康的な食事をし、お酒を控え、運動をするように、解決策を思いつくのは簡単なのですが、実行するのはほぼ不可能と言えるほど困難です。実際、政治家や高齢の有権者はこれまで、共謀して財政の崖問題を先送りしてきました。
例えば、政府支出を削減するという方法が考えられますが、莫大な各種給付金を支払い、債務に対して増加する金利を支払った後では、どの項目でどれだけ削減するかという選択肢は極めて限られます。税金を引き上げれば、米国の財政状況の改善につながるかもしれません。しかし、米国人は税金が大嫌いで、政治家もそれを知っています。増税をすれば、困窮する給付金制度の財源として、若い労働者に大きな貢献を求めることになるでしょう。しかし、若年層の税負担が大きくなり過ぎると、既に無関心な層の政治離れがますます進み、真の改革が行われる可能性がさらに小さくなる恐れがあります。これは微妙なバランスが求められる問題です。
また、給付金制度を見直すという方法もあります。具体的には、支給額を引き下げるか、支給開始年齢を引き上げるという方法が考えられます。政府の給付金制度を受給するための審査の導入が提案されたこともあります。一般教書演説でのバイデン大統領と共和党議員との激しいやり取りが示すように、これは炎上しやすい問題です。そのため、米国の政界では1980年代初頭以降、社会保障給付の見直しはなるべく避けたい話題とされてきました。これは米国だけの問題ではありません。フランスでは今年に入り、労働者の定年年齢(年金受給開始年齢)を引き上げる計画を受けて大規模なストライキや抗議運動が起こっています。
米国にとっての救いは、ドルが世界の準備通貨であることから大きな特権を受けていることです。この地位が弱まるようなことになれば、財政は壊滅的な打撃を受けるでしょう。米ドルが世界の準備通貨としての地位を失うかもしれないと聞いても、多くの人は一笑に付すかもしれません。しかし、過去において、別の国で同様のことが起こっています。そのため、瀬戸際外交を使い、債務上限を引き上げないことで米国が債務不履行に陥るリスクを高めることは、極めて危険なことなのです。
厳しい人口動態に加えて、米国の財政状態が悪化すれば、長期的な経済成長率は低下するでしょう。長期的には、ディスインフレの環境をもたらすと思われます。そして、さまざまな結末が考えられることから、金利は不安定な状態が続くと考えられます。
ジャーナリストはインタビューの最後に、「何か言いたいことはありますか」と聞くことがよくあります。この自由回答を求める質問から、最高のストーリーが得られることがあります。私も2014年にニューヨークでフィナンシャル・タイムズの記者から、この質問を受けました。その時私は、世界的に高まるポピュリズム感情を注視するようにと答えました。当時、理由を明確に説明することはできませんでしたが、このムーブメントが定着しそうな気がしていました。その後の数年間に、ブレグジットが起こり、ドナルド・トランプ氏が現れ、ジャイル・ボルソナロ氏が現れ、バーニー・サンダース氏が現れるなど、世界中でさまざまなポピュリズム運動が巻き起こっています。
このアンテナは今も作動しており、私の頭の中では、新しいポピュリズムの戦いが起こりつつあることを示す、不穏な音が鳴り響いています。米国をはじめ、世界の多くの国では財政状況が逼迫しています。米国では、債務上限をめぐる対決が迫っています。CBOの今後10年間の予算・経済見通しレポートは、厳しい見通しを描いています。目下の問題は、人口動態の変化が、既に厄介な問題をさらに悪化させる可能性があることです。
次の大統領選挙では、年齢が大きなトピックとなり、政治に幻滅している若い有権者の関与や参加を促す可能性があります。2022年の中間選挙のように、若い有権者の投票率が上昇し続ければ、社会保障やメディケアと並んで、住宅所有や学生ローンについても議論されるようになるはずです。ポピュリズムは対立がきっかけで火がつきますが、膨らみ続ける債務や財政赤字への対策を求めて政治家への非難が集中すれば、世代間の対立は、両者を分裂させるのではなく、両者をつなぐ架け橋へと発展するかもしれません。財政問題に取り組み、解決策を見いだすことができるかどうかは、妥協点を見つけることができるかどうかにかかっています。
こうした問題を、将来の世代が解決すべきものとして片付けることは簡単です。しかし、それは間違いです。薬を飲むのが遅ければ遅いほど、財政危機が起こった時の影響は大きくなります。米国は財政問題から、永遠に逃れることはできません。今こそ行動を起こすべき時なのです。