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FRBはインフレが収束する前に勝利を宣言するだろう

「利上げすべき時期が来れば、もちろんそうするが、それはまだ先のことだ。」
FRB議長、ジェローム・H・パウエル、2021年1月13日 


Chief Investment Strategist

米連邦準備制度理事会(FRB)は、2020年8月のジャクソンホール経済政策シンポジウム(カンザスシティ連銀主催)で、金融政策からの出口戦略を示しましたが、近いうちにそれを使う可能性があります。同シンポジウムでFRBは「平均インフレ目標」、すなわち、インフレ率がFRBの目標の2%を下回った後、「しばらくの間は」、目標を超える「緩やかな」インフレ率で推移することを許容するという政策を採用する方針を正式に表明しました。

投資家を悩ませたのは、インフレ率の上振れをどの程度、あるいはどの位の期間、許容するつもりなのかをFRBが巧妙にも、あまり明確にしなかったことです。しかし、もうすぐ明らかになるでしょう。

2%の目標を上回るインフレ率との共存

消費者物価指数(CPI)は40年ぶりの高い伸びとなりましたが、FRBが重視する物価指標、個人消費支出(PCE)価格指数は、食品とエネルギーを除いたコア指数の上昇率が2月のピークから毎月減速し、5.3%から4.7%に低下しています1。ミシガン大学の消費者信頼感調査によると、消費者の長期期待インフレ率も3.3%から3.1%に低下し、インフレの高止まりが危険なほど続くという懸念は和らいでいます。

FRBによる3月、5月、6月ならびに7月の利上げ(さらに、この先の米連邦公開市場委員会(FOMC)でも追加利上げが見込まれています)に加え、原油などコモディティ価格が下落していることから、インフレ指標はおそらくさらに低下するでしょう。まさにFRBが望んでいる通りの結果、すなわち物価の安定です。

図表1: コンファレンスボードの米景気先行指数

Conference Board US Leading Economic Indicators

とは言え、PCEデフレーターの最近の減速にもかかわらず、世界的にパンデミックの余波が続いていること(サプライチェーンの制約、賃金上昇、賃料高騰など)、ロシア・ウクライナ戦争の影響や、中国が依然としてゼロ・コロナ政策に固執していることを考えると、インフレ率はFRBの目標を上回って推移する可能性が高そうです。

減速せよ — 前方に危険なカーブあり

当然、市場参加者は、FRBは根強いインフレに打ち勝つために、積極的な利上げを継続すると予想しています。しかしいつまで継続するのでしょうか? 世界の製造業およびサービス業の調査によると、引き続き大幅な景気減速が予想されています。米国債市場では、2年/10年イールドカーブの逆イールド状態が続いています ―― これは多くの場合、景気後退の前触れとなります。

新規失業保険申請件数は4月初め以降50%増加し、7月28日には25万6,000人に達しました2。シカゴ連銀の全米活動指数は、2020年初めのパンデミック発生以降初めて2ヵ月連続でマイナスとなりました。住宅データは急激に悪化しています。6月の米国の一戸建て住宅建築許可件数は前月比で8.0%減少しました。中古住宅販売件数は前月比5.4%の減少となりました3。また7月の全米住宅建設業者協会(NAHB)/ウェルズ・ファーゴ住宅市場指数は55と、2020年5月以来の水準に低下しました4。米国経済は、実質GDP成長率が2四半期連続でマイナスをつけており、既に定義上、景気後退入りしています。 

資本市場に関しては、FRBは、特に株式市場で見られる、若干のボラティリティについては懸念していません。実際、FRBは、いわゆる「エブリシング・バブル」のうち、特別買収目的会社(SPAC)、非代替性トークン(NFT)、暗号資産(仮想通貨)など、特に過熱している分野から、ある程度空気が抜けることをおそらく望んでいるでしょう。

FRBが許容できないこと

ただ、FRBには許容できないことが2つあります。一つは、貯蓄貸付組合(S&L)危機から新型コロナウィルスのパンデミックに至るまで、FRBの危機対応が示すように、クレジット市場の円滑な機能が停止するようなことがあれば、それを止める措置を講じるでしょう。FRBがもう一つ許容できないのは労働市場の深刻な悪化であり(たとえば大規模な雇用喪失や失業率の急速な上昇)、直ちに金融政策の緩和に乗り出すでしょう。フェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を0.75%ずつ引き上げるたびに、この政治的に受け入れられない脅威の1つまたは両方が起きる確率は高まっています。その結果、インフレ率は2%の平均インフレ目標を上回る水準で推移しているにもかかわらず、FRBは直ちに出口戦略が必要となるでしょう。

皮肉なことに、FRBは8月末に開催される今年のジャクソンホール経済政策シンポジウムにおいて、パンデミック後の高いインフレ目標は、過去10年の穏当なインフレ環境を踏まえると、正当化されるとフォワードガイダンスを用いて示唆する可能性もあります。そうやって、インフレが収束していないのに勝利宣言をしてしまうのです ―― FRBは単にゴールポストを動かすだけです。

FRBの政策ジレンマ

FRBの金融政策引き締めサイクル終了を待望する投資家はこれを歓迎し、リスク資産は上昇するでしょう。インフレはたとえ減速しても、パンデミック後の環境下では、FRBの2%のインフレ目標を上回って推移する可能性が高いとみられます。

インフレの高止まりと景気減速は、FRBをジレンマに陥れます。結局、パウエル議長も人間です―― 最終的には最も無難な方法を選ぶということです。インフレに対する勝利を宣言し、金融資産を押し上げるために金利を人為的に低く維持します。そして残念ながら、その結果、パウエル議長は、金融政策のリーダーたちが、FRBは金利に対する権限を使って望ましい経済的成果を生み出すことができ、またそうすべきだと考える足元のサイクルを断ち切る機会を逃してしまいます。

図表2: 米国の富の成長と米国GDP成長率: 標準化、ベース = 0

US Wealth Growth vs. US GDP Growth: Normalized, Base = 0

経済データが悪化するなか、FRBは平均インフレ目標政策をより柔軟に運用するとみられます。これは最善の結果ではありません。単にそうなる可能性が最も高いにすぎません。インフレに対して偽りの勝利を宣言し、問題を先送りにすれば、経済リスクは安定化せず、拡大するでしょう。金融政策に支えられ、家計の富の成長は続くものの、経済成長ペースを上回ることはありません。そして、最後の審判の日、FRBがそもそもインフレ抑制を諦めていなかった場合に比べて、状況は遥かに悪くなっているでしょう。




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