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金投資家は、ドル高を恐れるべきなのか?

  • 金価格が2021年以降下落しているにもかかわらず、金ETFには世界全体で年初来140億米ドルの資金が流入している。
  • 過去3回の景気後退後それぞれで、ドルは下落したが、金価格は力強く上昇した。
  • ドル高は短期的には逆風となるものの、長期的には金にとってプラスとなる可能性がある。
Senior Gold Strategist
Head of Gold Strategy

主要準備通貨としての米ドルの地位は、これまでと変わらず強固です。新型コロナウイルスのパンデミックとロシア・ウクライナ戦争に起因する世界的な不確実性と持続的な経済の混乱に加え、米連邦準備制度理事会(FRB)の積極的な金融引き締め政策により、2022年に入り、暗号通貨のような新たな選択肢だけでなく、既存の他の準備通貨と比べても、米ドルの優位性は一段と高まっています。適切な代替通貨がないことから、為替市場では米ドル需要が高まっており、米ドルが2022年に入って13%超上昇しているのに対し、他の主要通貨は対ドルで下落しています(図表1a参照)。

図表1a:世界の主要通貨リターン

Major Global Currency Returns

図表1b:通貨別の金のリターン

Gold Returns Across Currencies

出所:ブルームバーグ、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、データは2022年8月30日現在。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを示す信頼できる指標ではありません

金は通貨に近い性質を持ちながら、多くの中央銀行では準備資産としての役割も果たしています。そのため、金のパフォーマンス全体を見るには、複数の通貨に対して、グローバルな視点でとらえることが重要です。図表1bから分かるように、米ドル建て金価格は、円建て、英ポンド建て、ユーロ建てと比べて、著しく低いパフォーマンスとなっています。過去の関係をみると、今回のようなドル高を背景としたパフォーマンス格差は、金の見通しが甘いことを意味します。とはいえ、今年に入って金需要は、米国外を中心に、世界的に再燃しています。

このことは、米国の投資家と同様に、世界各国の投資家が自国経済の不確実性や、成長鈍化と高インフレに対応した金融/財政政策導入の可能性を懸念しており、ドル高と自国通貨安に対する分散投資と価値の貯蔵という両方の観点から、金保有の魅力が高まっていることを示唆していると思われます。

ドル高は、金需要を脅かすものではない

2021年に、米ドル建て金価格は3.5%下落し、世界の金ETFは90億米ドルの純流出となりました 1。今年に入り、低調な米ドル建てのリターンや年初来のドル高にもかかわらず、投資家の金購入意欲は衰えていません。実際に、米ドル建て金価格は、他通貨との相対ベースで年初来下落していますが、金ETFには世界全体で140億米ドルの資金が流入しており、投資家がポートフォリオの分散目的で金を購入した可能性が高いことを示唆しています 2

金ETFへの投資額が最も大きいのは米国の投資家で、83.7トンに相当します。続いて英国が47.6トン、ドイツが28.2トン、フランスが9.5トン、日本が0.8トンとなっています3。地政学的な不安定さ、高インフレ、経済の不確実性などが引き続き、欧州とアジアの金需要を支えています。現地通貨が対ドルで10年ぶりの安値となっているこれらの地域で、金需要が力強いことは、富の保全手段として、また世界的に「最後の砦となる通貨」として、金が機能する可能性を裏付けています。

図表2:金を裏付けとしたETFへの資金流入が、金価格に影響

Gold-backed ETF Flows Impact Price Performance

出所:ワールド・ゴールド・カウンシル、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、2022年8月26日現在。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを示す信頼できる指標ではありません。

金ETFは、短期的な投資需要を示す有益な指標となりますが、金ETFの日次取引高は、世界の金地金市場の総取引量の2%にも届きません4。金投資の大半は金地金や金貨で、平均すると年間投資需要の約80%を占めます5

世界全体の金地金/金貨需要は、2022年第1四半期と第2四半期にそれぞれ246トンと245トンでした。これは過去10年間の四半期平均値である284トンをわずかに下回りますが、過去5年平均の254トンとほぼ同水準です6。しかし、最近の需要低迷は、ドル高や米国投資家の撤退が原因ではありません。2021年にドルは6.4%上昇しましたが、米国投資家の金地金/金貨購入量は10年ぶりの高水準となる130トンでした7。この傾向は2022年上半期も続き、ドルが9.4%上昇した一方で8、米国投資家の金地金/金貨購入量は第1四半期と第2四半期にそれぞれ31トンと29トンとなり、10年平均の15トンや5年平均の13トンを大幅に上回りました9

ドル高にもかかわらず、金地金/金貨需要は現時点で、既に2021年の年間実績を上回っている可能性があります。そうなれば、2022年は、290ドル/オンスで終わった1999年以来の最大の需要を示す年となり、金に対する長期的にポジティブな見通しが示唆されます。

質への逃避:米ドル、金、景気後退

2000年以降、全米経済研究所(NBER)は景気後退入りを3回宣言しています。そのたびに、米ドルはサイクル高値を付け、もう一つの安全資産とされる金は平均で9.03%上昇しました(図表3)。ドルと金がそろってプラスのリターンとなるのは、極端な景気後退期と言えます。しかし、1971年以降、金とドルの間には月次平均でマイナス0.36の相関(逆相関)があり、ドル高は、景気後退の最中に、金価格の上昇を人為的に抑制する可能性があります10

図表3:景気後退期における米ドルと金の強固な関係

US Dollar and Gold Cement Roles During Recessions

出所:ブルームバーグ・ファイナンス、L.P.,、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、2022年8月22日現在。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを示す信頼できる指標ではありません。

過去の例では、景気後退から抜け出すと、米ドルは下落しています。一方で、金は景気後退懸念がくすぶる中で、持続的に下支えされています。実際に、図表4を見ると、過去3回の景気後退の後に、金は力強く上昇しています。新型コロナウイルスによる景気後退は2020年4月30日に終了し、その日の金価格終値は1,687ドル/オンスでした。その後、金価格は2021年4月には1,769ドル/オンス、2022年4月には1,897ドル/オンスまで上昇しました11。最近の例では景気後退終了後当初のドル安は、世界中の投資家が割安な価格で金を購入できるようになるため、金価格にプラスに寄与しています。

図表4:直近3回の景気後退後の、金価格のパフォーマンス

Gold’s Performance Following Most Recent Three Recessions

出所:ブルームバーグ・ファイナンス、L.P.,、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ、2022年8月22日現在。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを示す信頼できる指標ではありません。

金には、長期的な投資機会が残されている

GDP成長率が2四半期連続でマイナスとなり、地政学的緊張が高まり、FRBをはじめとする各国中央銀行が40年ぶりの高インフレを食い止めようと積極的に利上げを行う中、投資家は、景気後退の可能性を念頭に置いています。もしFRBが、インフレが極めて根強いと判断し、市場の予想を上回るペースで利上げを継続した場合、米ドルはサイクルの高値を更新する可能性があります。

そうなれば、米ドル建て金価格のパフォーマンスは引き続き、円建て、英ポンド建て、ユーロ建てと比べて、低調に見えるでしょう。ドル高が続けば、金への資産配分は直近3回の景気後退の時と同様に、今後12カ月、24カ月、36カ月でリターンをもたらす可能性があります。

ドル高は、短期的には金にとって逆風かもしれませんが、長期的には、過去3回の景気後退後の金価格が示すように、プラスに働く可能性があります。年初来でドル高が進んでいるとはいえ、現在の状況は、結局のところ短期的にも長期的にも、金投資家にとって好機と言えるかもしれません。

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