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銀行危機、規制およびオルタナティブ投資

最近の銀行危機により、米国の金融規制・監督の行方をめぐって懸念が生じています。条件反射的に規制を強化すれば、商業用不動産やプライベートエクイティなどの構造変化が進行中あるいは隠れたレバレッジの源泉となっている資産クラスに、過度な影響をもたらす恐れがあります。こうした背景を踏まえ、本稿では今回の危機を受けて規制・監督体制をどう見直すべきか、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(当社)の見解を示し、これらオルタナティブ資産クラスの現在の状況を分析します。

Managing Director
Chief Economist
Head of Real Estate

3月22日の記者会見で米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、大方の意見と同様に、「監督・規制の強化が必要なのは明らかだ」と述べました。シリコンバレー銀行(SVB)、シグネチャー銀行、ファースト・リパブリック銀行と、目を見張る銀行破綻が相次いでいる点を踏まえると、現段階でこうした発言が出てくるのは当然といえます。当社は、監督と規制の両輪が揃って、監視体制が機能すると考えています ―― 両者について徹底した調査を行い、どちらか一方を見直す場合でも、トータルで考える必要があります。

監督と規制

規制は過度に緩くても過度に厳格でもコストを伴いますが、そうしたコストの分布については大きく異なります。多くの場合、規制を過度に緩和すると、「危機後」に当局の介入を余儀なくされ、コストは社会全体で広く負担することになります。一方、極めて厳格な規制環境の下では、規制対象の市場参加者が継続的にコストを負担し、社会全体には間接的な影響が遅れて波及するだけです。適切なバランスを見極めるのは、容易ではありません。 

FRBが2019年後半に公表した「テーラリング」(規模に応じて、段階的に厳しい要件を課す)という考え方と規則の変更は多くの関心を集めてきました。レビュー後、銀行は大きく4つのカテゴリーに分類され、最上位カテゴリーに分類された銀行に最も厳しい規制要件が課されました。SVBはカテゴリーIVに該当します(図表1)。

図表1:自己資本規制や流動性規制の要件を課すためのカテゴリーの分類基準

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テーラリング・ルールが緩和されていなければSVBにはより厳しい規制要件が課され、厳しいリスク管理が義務付けられていたはずだ、との批判もあります。これには一理ありますが、完全ではありません。既存の規制の枠組み内で監督を効果的に実施していた場合に同じ目標を達成できなかったのかどうか、考えてみる価値はあります。実施できたとすれば、今後は規制強化でなく、監督体制の改善を目指す方がよいと当社は考えます。

監督体制をどう改善すべきか? 

経済の様々な部分にいくつも異なるタイプのリスクがありますが、どこで発生しようと、脆弱性が高まる際にはいくつか同じ特徴がみられます。経験から言うと、新たに急成長を遂げ、レバレッジを利用している分野を探すのが有効です。そうした特徴はそれ自体が危険信号であり、二つ以上組み合わさっていれば、さらに警戒が必要です。要するに、規制のテーラリングが有効なように、監督のテーラリングも有効だということです。

銀行業界では「顧客確認」の要件に関連して「デューデリジェンスの強化」という言葉がよく使われます。同様のアプローチを監督についても課せば、リスクを早めに特定し、先々問題が起きる可能性を最小限に食い止めるのに役立つでしょう。

当社が効果的な監督の重要性を唱えるのは、適切に実施されれば、規制に比べてかなり迅速に対応できるだけでなく、コスト効率も極めて大きいからです。同じ観点から、当社は最近の銀行危機を受けた取り組みについて、条件反射的な規制強化だけで終わらせてほしくないと考えています。

くすぶっているリスクについて分析する際には、構造変化が進行中の分野、あるいは全般的に透明性が乏しい分野にも目を向けます。これらのリスク基準を総合すると、商業用不動産とプライベートエクイティに黄色信号が点滅しているようです。

SVB破綻後の商業用不動産

世界金融危機(GFC)後の低金利環境下で投資家が利回りを追求する中、過去何年かで商業用不動産には大量の資金が流入しました。同セクターでは資金調達の拡大により、資産を求めて競争が激化し、物件価格の上昇/キャップレートの低下につながりました。

しかし、キャップレートは不動産担保ローンの金利を引き続き大きく上回っており(ポジティブ・レバレッジ)、流動性は高く、テナント賃料は記録的なペースで上昇していたため、投資家は同資産クラスに強気であり続けました。さらに、コロナ禍でFRBが金利を一段と引き下げると、不動産にさらに資金が殺到し、キャップレートは過去最低水準まで低下しました。しかし、最近の急速な金利上昇によって市場は大きく変化し、借入金利が上昇して、テナント賃料の伸びは鈍化しています。不動産のキャップレートは、一般的に金利と債券利回りに連動して上昇するため、キャップレートはあらゆる資産クラスで軒並み上昇しています。

資本市場も大きな影響を受けていますが、影響の度合いは一様とはならないでしょう。商業用不動産ローン担保証券(CMBS)は担保の質が総じて高くなく、スポンサーの自己資本は盤石とはいえず、不動産ローン投資コンデュイット(REMIC)など、柔軟性に欠ける構造をもつため、より大きな打撃を受けそうです。そのため、ここでも結果は大きく異なり、金利上昇の影響を直ちに受ける短期変動金利のディールに比べると、長期固定金利のディールは健闘しそうです。

世界金融危機後に導入された規制のおかげで、現在銀行の財務基盤は2007年当時より概ね盤石ですが、金利上昇と景気減速により、銀行の不動産ポートフォリオにはややストレスがかかるでしょう。金利と市場のキャップレートが上昇した結果、デット・サービス・カバレッジ・レシオは低下し、ローン・トゥー・バリューは上昇するでしょう。こうした環境を踏まえ、貸し手は新規オリジネーションへの選別姿勢を強め、融資条件を引き締めるとともに、特に好調な市場の最優良物件に的を絞っています。

しかし、オフィス物件向けローンは、より厳しい状況に直面しています。現在のハイブリッド勤務の普及を受け、テナント企業は既存の賃貸契約期間満了とともにオフィス面積を縮小することで、大幅なコスト削減を進めています。Cushman & Wakefieldによると、オフィス需要面積の増減を示すネットアブソープションが2020年以降プラスとなっているのは、既存オフィス在庫のわずか9%です。CoStarによると、その結果、全米の空室率は約13%と、世界金融危機の水準を上回っています。 

それと同時に運営費、保険料、税金、改修費も急上昇しており、不動産の営業純利益の水準を大幅に押し下げています。こうした状況を受け、貸し手はオフィス向けの新規ローンのオリジネーションを停止し、既存のオフォス向けローン・ポートフォリオにおける不良債権のリストラクチャリングや物件の強制売却に注力しています。おそらく、これらも目先、銀行のオフィス向けローンの損失計上や貸倒引当金の増加につながるでしょう。 

予想される不動産規制の影響

最近のSVB、シグネチャー銀行、ファースト・リパブリック銀行の破綻をめぐる最大の懸念は、予想されている地銀に対する監督・規制強化による不動産融資額への影響です。現在、これらの小規模銀行は、商業用不動産ローン市場全体の3分の1弱を占めていますが、過去数年でシェアを拡大させており、市場に建設ローンを多く提供しています(図表2)。

銀行規制により建設ローンの供給が減少した場合、おそらくプライベートクレジットの貸し手がその穴を埋めるために市場に参入するとみられますが、そうしたローンはコストが高く、デベロッパーがそれまで地銀から受けていたよりも、厳格なコベナンツが盛り込まれることになるでしょう。

SVB破綻後のプライベートエクイティ

近年はプライベートエクイティも大量の資本流入の恩恵を受けており、同セクターのゼネラルパートナー(GP)に対する機関投資家によるコミットメント額は過去最高に達しました。スタートアップへの資金提供で圧倒的な存在であったSVB破綻の影響を直接受けるのは、ベンチャーキャピタル・セクターでしょう。オペレーティング・キャッシュフローが黒字化していないスタートアップは、ローンの借り換えや次の資金調達に苦戦するでしょう。

ベンチャーキャピタルローンに特化したプライベートクレジット・ファンドもありますが、ファースト・シチズンの元でSVBの融資が再開しなければ、SBVが抜けた穴は大きなままとなるでしょう。最も大きな打撃を受けるのは、銀行危機前に資金の大半あるいは全額を投資に回した、比較的新しいベンチャーキャピタル・ファンドです。まだ投資に回していない資金(ドライパウダー)が十分にあるファンドや新たなファンドは、今後数年で投資を行うことで、大幅なリスク調整後リターンが期待できます。 

SVBは、米国外で運用するファンドを含む、多くのプライベートファンドのサブスクリプション・ファシリティに活発に参加していました。これまでのところ、こうしたファンドのGPはSVBに代わる貸し手を難なく見つけているようです。一方、当社が聞くところでは、連邦預金保険公社(FDIC)の保険対象外である米国外のケイマン諸島籍ファンドがSVBに預金をもっていたケースもあるようです。

資金調達コスト上昇とクレジット市場全般の引き締まりは、プライベートエクイティのあらゆるセクターに影響を及ぼしています。過去何年かの緩和的な信用条件を利用してきた企業は、コスト上昇、および景気後退に伴う売上/収益減少の可能性から影響を受ける中、デット・サービス・カバレッジ要件を満たすために、ローンの返済やより低い元本での借り換えを迫られる可能性があります。

最も質の高い企業が最も健闘

全般的に、力強いキャッシュフローと契約上の収益を有する最も質の高い企業が最も好調で、中位クラスの企業は、借り換えはできそうですが条件はかなり厳しくなり、最下位クラスの企業は苦戦を強いられるでしょう。こうした環境は、小規模企業より、大企業や中規模企業(過去何年かでプライベートクレジット・ファンドからの資金流入が増加)に有利に働くでしょう(図表3)。 

銀行セクターへの依存度が高い「中の下」クラスの企業への監督強化の影響はまだ不明ですが、おそらくプラスに働くことはないでしょう。全米自営業者連盟(NFIB)リサーチセンターが公表した3月の調査データによると、中小企業は景気悪化を予想しており、現在の求人件数と今後3ヵ月の雇用計画は、ともに低下し始めています(図表4)。

米国の就業者の半分近くが中小企業に雇用されている点を踏まえると、銀行セクターを適切に監督することの重要性がますます痛感されます。

最後に、最近、米国、英国、欧州で、様々な規制機関が世界金融危機後のプライベートクレジット市場の成長について調査を行うと発表しましたが、こうした動きはプライベートクレジットやプライベートエクイティのみならず、商業用不動産や公開市場にも極めて大きな意味をもちます。

結論

銀行危機により、米国の金融規制・監督体制に対する危機感が高まっています。今回の危機は規制の不備が原因との意見もありますが、新たな規制を拙速に導入すれば、地銀は伝統的商品を、オルタナティブ資産に対して競争力のある条件で、提供できなくなる可能性もあります。そうなれば、不動産市場やプライベートエクイティ市場が最近の金利急騰や景気の減速に既に苦しんでいる厳しい時期に、流動性が低下することになりかねません。

こうしたことから、貸し手は引き続き予見しうる将来にわたり、オルタナティブ市場の最も質の高い投資機会に限定して融資活動を行うとみられます。不動産市場では、最高の立地条件をもち、収益が安定している物件に需要が集まり、オフィス向け融資は、ハイブリッド勤務が普及する現在の環境の下、不動産価格がテナント賃貸収入で支えられる水準に再評価されるまで、休眠状態を続けるでしょう。プライベートエクイティ市場とプライベートクレジット市場は、バランスシートがあまり盤石ではない中小企業より、潤沢なキャッシュフローと契約上の収益をもつ、ノンシクリカル(景気循環に左右されにくい)セクターの大企業を選好するでしょう。