2021年は金の再調整期となり、需要セクターの中には長期トレンドの水準に回帰する動きが見られ、価格は高値圏で下値固めを模索しました。2022年に入り3カ月が経過しましたが、金の見通しを楽観できる幾つかの理由があります。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や壊滅的な人的被害をもたらし続けているロシアによるウクライナ侵攻の深刻な影響に対応する中で、市場は不安定な状況が続いています。多くの不確実性と市場の乱高下で、投資家がこのようなリスクを軽減する方法を検討する中で、金は依然として最も注目されています。しかし、幾つかのニュースヘッドラインの先を見ると、2022年における金のファンダメンタルズは引き続き強固です。この記事では、ワールド・ゴールド・カウンシルによる最近のリサーチをいくつか活用して、2021年の金需給の傾向が2022年も続くか、改善するのかを確認します。
特に、新型コロナウイルスの世界的な流行の直前にあたる2015年から2019年までの5年間は公平に見て金需給の「典型的」な期間とみられ、2021年の需給が、この期間と比較して改善の余地がどこにありそうかを見てみようと思います。金価格を決定する要因のうち、まず需要面から見ていきましょう。
金の需要を、四つの主要なカテゴリーに分けます。宝飾品、投資、工業・ハイテク用、中央銀行による純購入です。以下ではカテゴリー別に2021年の動きを検証し、2022年に顕在化しそうな要因を検討します。
パンデミックに伴う都市封鎖(ロックダウン)やソーシャル・ディスタンス(社会的距離確保)の規制等が広がりました。金の宝飾品需要は深刻な打撃を受け、2020年の需要は前年比約-50%減少しました。世界の宝飾品需要の50%超は新興国が占めますが、新興国は早くからパンデミックに見舞われ、最も厳しいロックダウンとソーシャル・ディスタンス規制を適用した国々でもあります。2020年第4四半期には早くも宝飾品需要が回復する兆候が見られ、2021年通年の統計で回復が確認されました。
2021年の宝飾品加工需要は前年比+67%増加しましたが、そのほとんどはタイ、トルコ、インドネシア、ベトナムなどの新興国での増加によるものでした。しかし、前年に比べて需要の絶対額が最も増加したのは、前年比+63%増、+93%増となった中国とインドでした。宝飾品加工需要が60%を超える増加となったことで、世界の金の総需要に占める宝飾品のシェアは55%になりました。パンデミック前の5年間平均は51%であったことから、宝飾品需要はほぼの回復したことを示しています。
宝飾品需要は総需要の約半分を占めており、この需要が好調を持続していることは、今後の金価格を見る上での重要なポイントになるでしょう。宝飾品需要は、新興国の経済成長の見通しに大きく左右されます。中国経済は、不動産セクターで発生した問題が金融セクターにも波及するなど、このところ逆風が吹いています。このため、中国経済の先行きには不透明感が漂っていますが、それらの問題がどのように解決されるにせよ、直近中国からの報告によると、絶好調だった昨年1や春節前後の祝賀期間に続き、2022年も宝飾品需要の好調を示唆しています。
新興国におけるもう一つの宝飾品需要大国であるインドは、これまでのところ、予想していたよりも、はるかにうまく新型コロナの猛威を切り抜け、2022年第1四半期末を迎えようとする今も、インド経済は好調を維持しています。インドの2021年の経済成長率は約8%と推定され2、今年も若干の改善が予測されます。インドの成長が続き、中国の経済問題が早急に解決されれば、新興国の宝飾品需要は今年も好調に推移すると想定され、昨年の勢いが続けば、今年は昨年の需要を上回る可能性があります。
その他の金の需要を見ると、昨年は「投資」が全体の25%を占めていました。5年平均の29%を大きく下回ってはいませんが、この数字は2022年に上昇余地があることを示唆しています。この統計をもう少し掘り下げると、何が上昇しそうなのかが見えてきます。パンデミック前の5年間、金ETFは平均して総需要の5.27%、すなわち230トンを占めていました。2021年の金ETFは、173トンの純流出でした。金ETFセクターは好調だった数年間を経て、2021年は一旦立ち止まったようです。
2022 年は、あらゆる投資家層から金の持続的な買いが入っています。これは、月次インフレ率が過去最高を更新し続け、現在の水準が40年ぶりの高水準に達していることが引き金になっています。当初、投資家の反応は鈍く、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長とイエレン米財務長官が数カ月にわたって、インフレ率の高さは一過性の現象であり、主に新型コロナウィルスに関連して多くの業種でサプライチェーンが混乱したことが原因だと主張していたことも一因です。インフレに対する投資家の反応は、市場や地政学的リスクに起因するボラティリティの上昇に伴って活発になっています。2022年の金ETFへの資金流入は力強く、すでに昨年の流出額を上回っています3。 再び大幅な流入超過になれば、金価格の支援材料として期待できます。
半導体、医療など工業・テクノロジー分野の金需要は、2021年に総需要の8%強に達しました。これはパンデミック前の5年間の平均(7.6%)を若干上回っていますが、このセクターの需要は2008年の金融危機以来、ずっと不振が続いていたことは注目に値します。おそらく、より正常に近い水準は10%以上でしょう。工業・テクノロジー需要がさらに長期トレンドに沿った水準に近づくことができれば、金価格の支援材料となります。
中央銀行による公的準備(外貨準備)のための純購入は、過去12年間、金の総需要の10%~15%の間で推移しているという大きな特徴があります。2021年の中央銀行による購入は前年比+82%増加し、パンデミック前の5年平均に近い水準に戻りました。2022年も昨年の成長モメンタムが維持されれば、金価格にも好影響を与える可能性があります。過去12年間の中央銀行による強力な純購入で述べたように、金の購入は新興国において、主に国として行われてきました。近年の最大の買い手である中国、ロシア、トルコは2021年は市場にほとんど参加しませんでしたが、タイ、インド、ブラジル、ウズベキスタン、カザフスタン、ハンガリー、シンガポールなどはいずれも外貨準備のために相当量の金を購入しました。
最後に、金の供給面について簡単に説明します。昨年の金鉱山の産金量は前年比+2%増と、鉱山や精錬所が2020年の不足分を補うために懸命に稼働したにもかかわらず、横ばいとなりました。供給サイドを構成する主な担い手が、大幅に生産量を増やす見通しはありません。新興国市場の宝飾品を中心とする金のリサイクル利用は2021年に-11%減少しましたが、今年も金価格の大幅かつ持続的な上昇がなければ、低調に推移すると予想されます。供給面にはほとんど変化がないとみられる一方で、需要面は小幅の増加が見込まれることから、金価格は昨年の前年比+2%上昇4に続き、今年もある程度上昇すると予想されます。
2021年は金の再調整期となり、需要セクターの間で長期的なトレンド水準に回帰し、価格は高値圏での下値固めを模索しました。2022年に入り3カ月が経過しましたが、金価格の見通しを楽観できる幾つかの理由があります。金融政策の転換による不確実性、ロシアのウクライナ侵攻に伴う地政学的緊張の高まり、ボラティリティの高止まりは、金価格を支援する材料になるかもしれません。足元の金の上昇相場は、2015年12月に始まったFRBによる前回の金融引き締めサイクルと同時期に始まりました。その上昇相場の再開となる可能性があるからです。