高インフレと成長減速が同時進行する困難な状況に、投資家は警戒が必要です。中央銀行が金融政策の正常化を加速するなか、景気後退リスクが高まっているため、より慎重なポートフォリオ・ポジショニングが求められます。
この数ヵ月に起きた地政学、政策、マーケットイベントを考えると、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(「当社」)の市場見通しが「2022年グローバル市場展望」(2021年12月発行)で示した内容から変化しても驚くことではないでしょう。本稿は、マクロ経済/地政学見通しや資産クラス別の市場見通しなど、当社の最新の見解をまとめたものです。
この先年末にかけて当社が特に注視しているのは、経済再開で回復した景気が積極的な引き締めにより失速するリスクです。こうした不透明な環境下、当社は投資家に特に以下の点を推奨します。
世界の経済環境は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて著しく不安定化しています。ウクライナ侵攻のショックは、成長減速とインフレ加速が同時進行するスタグフレーションをもたらし、世界中の中央銀行が金融政策のトレードオフ悪化に直面しています。当社は世界の経済成長率予測を3.6%に1%ポイント下方修正しましたが、リスクは依然としてダウンサイドに傾いています。一方、インフレ予想の上方修正は、追加利上げが必要となる可能性が高いことを示しています。
以前みられたインフレ上昇は需要と供給の両要因によるものでしたが、最近のインフレ圧力は完全に供給によるものです。雇用と物価に関する指標と整合的な金融政策運営を目指して利上げを開始し、ペースを加速させている中央銀行の方針は正しいものの、市場の利上げ織り込みが行き過ぎであったと判明する可能性に不安を感じずにはいられません。利上げのタイミングが遅れ、必要以上に引き締めが行われる結果、景気失速につながるのではないかと懸念しています。より慎重な政策調整が望ましいと当社は考えています。需要の減退は今後数ヵ月でより鮮明となり、ロシア・ウクライナ戦争で遅れている(だが消滅はしていない)インフレの転換点も近いうちに顕在化するでしょう。そうなれば、その後の金利動向の見直しが必要になるかもしれません。
多くの先進国で、成長減速を受けたものとはいえ、消費者が依然として大量の余剰貯蓄を抱えていることも忘れてはなりません。たとえば当社が2022年の欧州の成長率予測を過度に引き下げていないのもそのためです。2023年には貯蓄のクッションが減り、在庫サイクルが転換し、政策引き締めによる傷が深まり、景気を取り巻く環境はさらに厳しくなる可能性があります。
— Simona Mocuta, Chief Economist
ロシア・ウクライナ戦争は、過去5年間に世界の経済秩序を襲った第3のショックです。トランプ前大統領による貿易戦争と新型コロナウイルスのパンデミックに続き、この戦争が世界貿易と資本の統合という既存のモデルをさらに弱体化させます。2008年以降、それまで続いてきたグローバル化の流れはやや停滞していましたが、効率性に最適化されたグローバル・サプライチェーンから国内回帰への逆転の動きは、2020年代の残りの期間に一段と加速するでしょう。むしろ、信頼性を重視する動きは、テクノロジー(2018年の貿易戦争)とヘルスケア(2020年のパンデミック)以外の多くのセクターにも広がるとみられます。これは平均生産コストの上昇を示唆する可能性がありますが、同時に先進国経済にとどまる労働所得の割合の上昇も示唆している可能性があります。輸出志向の新興国の一部にとって、生産性向上のための手段として、海外の資本やノウハウより、国内の改革に頼る必要が出るため、これは経済的転換への道のりが厳しさを増すことを意味する可能性もあります。
加えて、他にも特定の地域に影響を及ぼす要因はあります。第一に、エネルギーと農作物の価格高騰のダブルショックが、新興国市場やフロンティア市場の輸入大国では、対外収支の悪化をもたらすとみられます。一部の国では政情不安につながる恐れもあり、たとえばスリランカの債務不履行はドミノ倒しの最初の一押しに過ぎない可能性もあります。地政学的には、ロシア・ウクライナ戦争で他の紛争、とりわけ台湾海峡で紛争が起きるリスクはごく短期的に後退しています。欧州では、軍事費で他国に大きく後れを取る国(ドイツやイタリア)の公共投資は低水準にあるため、防衛支出は大幅に押し上げられるでしょう。そのため、平和の配当(軍縮で浮いた軍事費を平和のために使用すること)の終焉は、実際のところ成長を若干押し上げる可能性もあります。最後に、ロシア・ウクライナ戦争と米国主導の厳しい金融制裁は、米ドル中心の金融秩序の持続性に疑問を投げかけています。しかし、巨額の黒字を蓄積した国が、自国の黒字や、それに付随する先進国の金融資産への需要が減退する構造改革を遂行しない限り、そうした疑問は的外れだと当社は考えています。
— Elliot Hentov, Head of Policy Research
当社は2022年の基本シナリオで大まかに説明した株式に対するバイアスを維持しています。株式リスク・プレミアムは、ロシア・ウクライナ戦争開始であらゆる市場において高まり、長期的な平均を上回る水準にとどまっています。当社は2022年に向けて、力強いファンダメンタルズを理由に株式に前向きな見方をしていました。現在、今期の決算発表シーズンを通じて利益水準が上昇していることから(主に先進国市場)、当社は株式のオーバーウエイトは引き続き正当化されると考えています。
とはいえ、注意も必要であり、投資家は株式市場全体で相対価値に基づく投資機会を模索すべきでしょう。当社はこれまで、経済活動再開の影響が顕在化するにつれて、世界は米国にキャッチアップすると予想していました。また中国に関しては財政拡大による景気浮揚を予想していました。しかし、ロシア・ウクライナ戦争は世界の投資環境を直接的、間接的に変化させました。特にコモディティ価格高騰の影響を受けた株式市場のボラティリティは、今後も高止まりしそうです。エネルギー価格設定やその他のインフレ要因の影響が完全に業績に反映されるなか、欧州株式に対する圧力は続くでしょう。
戦争が長期化すれば、その結果、リスク資産は打撃を受けるでしょう。これは、欧州株式に明らかに妙味が生じていても、戦争終結が視野に入るまで判断を先送りせねばならないことを意味します。現在当社は、戦争とその結果の影響をやや受けにくい米国株式を選好しています。最後に、リスク資産はどれも戦争とインフレ圧力の影響をある程度受けているため、当社は優良企業であれば物価上昇分を転嫁し、他の企業より利益率を効率的に維持できるとみて、高クオリティ資産に対するバイアスを継続しています。
— Gaurav Mallik, Chief Investment Strategist
FRBがインフレを封じ込めようとしているのは明らかであり、それに従って市場参加者は利上げ予想を引き上げています。確かに、企業業績は堅調で、企業や消費者向け融資のバランスシートは盤石、ファンダメンタルズは力強さを維持していますが、世界の中央銀行は市場から急ピッチで資金を吸収しようとしています ―― 既に成長が減速しつつあるタイミングで。インフレが直ちに緩和し、金融引き締めのブレーキを緩める余裕がFRBにない限り、現時点ではソフトランディングの実現は難しいでしょう。インフレは今年3月にピークを付けた可能性が高いものの、FRBにそうした余裕を与えられるほど、インフレが緩和するかは依然として不透明です。2年/10年のイールドカーブは4月に一時逆転しましたが、その後スティープ化し、両者の利回りスプレッドはプラスに戻りました。3ヵ月/10年のイールドカーブは、著しくスティープな状態にとどまってます。同時に、地政学的問題が引き続き最も注目を集め、センチメントは一段と悪化しています。ではこれは、成長不安を反映しているのでしょうか、それとも遠くない将来に景気は後退するのでしょうか? そして、ポートフォリオ・ポジショニングにどのような示唆を持つのでしょうか?
当社のシナリオ分析によると、景気後退シナリオの確率は、ソフトランディング・シナリオに比べて上昇していますが、そのタイミングや深刻度、どの程度続くのかは依然として不確かです。金利の期間構造に妙味が出ていますが、負のモメンタムやインフレ懸念を引き受けるにはまだ不十分です。またクレジットスプレッドは上記の問題の一部を反映して拡大していますが、現時点で著しく妙味があるわけではありません ―― 景気後退シナリオでは、これからも拡大を続けるからです。そのため、当社はいずれのケースについても保守的なスタンスを維持し、転換のタイミングに注目しています。
— Matthew Nest, CFA, Head of Active Global Fixed Income
コモディティは過去30年で最も強いラリーとなっており、価格上昇はエネルギー、金属、農業セクターと広範囲に及んでいます。構造的な強気市場は、余剰生産能力が限られ、需給不均衡の緩和が難しいことで下支えされており、原材料価格は年末まで高止まりするとみられます。
2020年末以降、石油輸出国機構(OPEC)加盟国と非加盟産油国で構成する「OPECプラス」が世界の原油在庫を7億バレル以上削減した結果(つまり原油在庫は2014年以来の最低水準)、原油価格は押し上げられました。ロシア・ウクライナ戦争により、世界のエネルギーに対するロシアの影響力の大きさが浮き彫りとなり、ロシアからの原油・天然ガス輸入の代替手段が容易に見つからない(余剰生産能力が限られるため)という現実が突きつけられました。欧州は天然ガスの供給の約3分の1をロシアに頼っており、代替的エネルギー源の確保が容易でないことから、既に逼迫している市場への供給途絶で、価格上昇はさらに続くでしょう。
工業用金属の在庫は、旺盛な世界需要や中国の鉱工業活動(新型コロナウイルス感染拡大による最近の混乱にもかかわらず)を反映して、需給が逼迫している銅やアルミニウムを中心に、タイトな水準にとどまっています。対ロシア制裁の実施で、世界の製造業はロシアとの貿易取引を停止しているため、金属価格は供給途絶でさらに値上がりする可能性があります。金はインフレヘッジや安全な逃避先資産として支えられてきましたが、実質利回りの上昇が逆風となる可能性があるため、貴金属に関してはより慎重な見通しをしています。
パンデミック時の底からコモディティ需要が大幅に回復し ―― 気候関連の悪影響も重なり ―― 農作物価格は大幅に上昇しています。ロシアとウクライナはともに世界における小麦、トウモロコシ、大麦の主要な供給国であり、加えて、世界中の農家が使用する肥料の原料のとしても主要な役割を果たしています。以上から、今後数ヵ月での価格上昇が見込まれます。
マクロレベルでは、歴史的にみてインフレ上昇局面で好調なパフォーマンスを示してきたコモディティにとって、現在の環境は引き続き良好です。過去のインフレ局面では、コモディティはコスト上昇に対する優れたヘッジ効果や伝統的資産である株式や債券からの分散投資効果を提供してきました。
コモディティ価格が軒並み高騰するなか、タカ派姿勢を強める FRBや需要急落への懸念から、投資家はラリーの持続可能性に疑念を抱いています。確かに今後の道のりは平たんではないでしょう。地政学リスクにより、世界がロシアやウクライナの輸出に大きく依存するコモディティを中心に、ボラティリティは上昇するでしょう。しかし、コモディティの強気市場は引き続き構造要因により支えられているため、2022年末まで価格は高止まりを続けるでしょう。
— Michael Narkiewicz, Senior Portfolio Manager, Investment Solutions Group
— Robert Guiliano, Senior Portfolio Manager, Investment Solutions Group
ロシアのウクライナ侵攻後も新興国市場が直面する課題の多くに変化はありません。対外的(グローバル)な課題は、流動性の引き締まり、先進国市場と比べた成長格差の縮小、経済成長の鈍化、地政学的問題などです。対内的(国内的)な課題としては、成長減速、インフレ上昇、巨額の財政赤字、債務水準の上昇、今年の選挙/政治日程(特に中南米)などが挙げられます。比較的新しい課題としては、地政学状況の変化(ロシア・ウクライナ戦争、中国/台湾リスク、米中の緊張関係)、新型コロナウイルスのパンデミックに関連する供給途絶の長期化、中国の「ゼロコロナ」政策、コモディティ価格の上昇(特に食品と燃料)などがあります。さらに中国の規制環境や不動産市場の低迷も不透明感をやや高めており、こうした新旧の課題は新興国の成長見通しが悪化し続けることを示しています。
しかしその一方で、多くの新興国が、流動性が引き締まり不透明感が高まる状況を乗り越えるだけの力を実際に備えていることも事実です。新興国の中央銀行の多くは金融政策の引き締めの準備をしており、多くの新興国で経常収支が改善し、新興国通貨の多くは歴史的に見て過小評価されています。現地通貨建て新興国市場の多くでは、海外投資家のポジショニングに行き過ぎは見られません。またコモディティ輸出国は価格上昇、交易条件の改善、経済成長の恩恵を受けています。
新興国の株式バリュエーションはある程度リスクを織り込んでいるようです。新興国株式は足元で先進国株式に対して30%を超えるディスカウントで取引されています。MSCIエマージング・マーケット指数(MSCI EM)の予想株価収益率(PER)は11.3倍と、ちょうど長期平均に当たります。JPモルガン・エマージング・マーケッツ・ボンド指数(JPM EMBI GD、対外債務)のスプレッドは、足元で435bpと、10年平均を85bp超上回る水準にあります。JPモルガン・ガバメント・ボンド指数-エマージング・マーケッツ(JPM GBI-EM GD)の利回りは、足元で6.68%と、10年平均を約80bp上回っています。新興国通貨も、過去の水準や適正価値の推定値と比べて魅力的な水準にとどまっています。
中国のゼロコロナ政策とロックダウン戦略は、引き続き同国の経済成長のリスクとなっています。不動産セクターもリスク要因で、目先、経済成長を圧迫し続けるとみられており、「約5.5%」という2022年のGDP成長率目標の達成を難しくしています。これを念頭に、中国共産党中央政治局は4月29日、四半期毎に開催している経済会議で2022年の「成長と社会」目標(2021年12月に設定)の達成に向けて景気刺激策を強化すると明言し、「内需拡大に向けて全力を尽くす」と公約しました。また、インフラFAI(固定資産投資)の強化を明言し、規制強化をめぐる市場の懸念を抑えました。中国で成長懸念が台頭すると、通常、新たな規制強化の停止(または緩和)につながることから、現時点では規制強化はピークを過ぎたとみられます。
中国人民銀行(PBoC)は4月25日に預金準備率(RRR)を25bp引き下げて11.25%としました。3月の新型コロナ・オミクロン株の感染急拡大と現在も続くロックダウンで、経済成長が打撃を受ける可能性が高いことを見込んだものです。今回の利下げは、慎重なものではあるものの、政策緩和のステップとして歓迎すべきものです。中央政治局の経済会議は、的を絞った景気刺激策を明確に強化する意向を示しており、中国が先に段階的な政策緩和に軸足を移したことで底を打った中国のクレジット・インパルス(GDPに対する与信の伸びの変化)は、短中期的に、本格的に上昇するでしょう。信用創出が拡大に転じれば、産業用コモディティと新興国株式の双方にとってプラスです。
中国株式のバリュエーションは、収益基盤が安定的に拡大しているにもかかわらず低下しており、12ヵ月予想PERは足元で9.7倍となっています(2019年4月は12.0倍)。中国企業の利益成長率は2022年に15%超、2023年にさらに15%上昇する見込みです。これに対して他の地域国では、MSCI新興国指数(2022年、2023年ともに10%)、先進国全体(2022年は10%、2023年は8%)、米国(両年とも10%弱)、欧州(2022年は10%、2023年は5%)となっています。
習近平国家主席は秋の党大会で3期目(1期5年)の続投を目指しており、安定性―― 政治的、経済的、社会的 ―― が今年の中国の鍵を握ります。中央政治局は4月29日の会議で「住宅は生活のためにあり、投機を目的にするものではない」と強調しましたが、地方政府には不動産政策を緩和する余地を与えました。中国は不動産セクターのさらなる悪化を食い止めるために、的を絞った政策を徐々に実施すると当社は引き続きみています。そうした緩和措置にもかかわらず、倒産する企業は出てくる可能性が高いものの、その一方でシステム上重要と見なされた企業は、おそらく政府により救済されるでしょう。
— Laura Ostrander, Emerging Markets Equity Portfolio Manager and Macro Strategist
— Aaron Hurd, Senior Portfolio Manager, Currency