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アジア債券市場は地政学的変化と政策転換にどう対応しているのか

中東情勢がアジア債券市場に与えた影響、当局の政策対応、そしてこの地域がなぜ底堅さを維持しているのかを検証します。

Kheng-Siang Ng, CFA, CAIA
Asia Pacific Head of Fixed Income, Head of State Street Investment Management Singapore

2026年7月、ホルムズ海峡でのタンカー攻撃を受け、米国のドナルド・トランプ大統領はイランとの停戦終了を宣言しました。これにより、一時的に後退していた市場の懸念が再燃しました。一方、金融政策面では、米連邦準備制度理事会(FRB)が政策金利を据え置いたものの、連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー3名が一段の金融引き締めの必要性を主張しました。その結果、米国債利回りは高い水準を維持しました。アジアの現地通貨建て債券市場では、エネルギー純輸出国と純輸入国の間で異なる反応が見られたほか、政策金利の調整以外の政策手段への依存が高まりました。

エネルギー供給混乱への警戒が続く市場

米国とイランの対立激化によりエネルギー価格が上昇し、インフレへの懸念が高まりました。これを受けて、主要中央銀行が引き続き金融引き締め的な政策運営を維持するとの見方が強まりました。

北海ブレント原油価格は、2026年5月以来初めて1バレル当たり100米ドルを上回った後1、月末には88米ドル前後まで低下しました2。さらに、2026年7月後半には、タンカーがホルムズ海峡の航行を回避したり航行状況を秘匿したりしたことから、同海峡を通過するタンカーの往来が大幅に減少しました。

アジアの債券市場にとって、その影響は商品価格の一時的な上昇にとどまりません。エネルギーショックが長期化した場合、現地通貨建て債券市場には主に3つの影響が及ぶ可能性があります。
第一に、輸入インフレの進行により、国内経済の成長が鈍化している局面であっても、中央銀行は金融引き締め姿勢を維持する圧力を受けます。
第二に、貿易赤字の拡大によって通貨が下落し、対外資金調達コストが上昇します。
最後に、投資家のリスク許容度が低下することで、海外投資家による資金流出が進み、現地市場への下押し圧力となります。

市場ごとに異なる動向

アジア各国・地域の政策対応は、それぞれの貿易構造や、中央銀行が市場の圧力を吸収できる余地の大きさによって異なりました。
石油・天然ガスの純輸出国であるマレーシアでは、域内の他国・地域と比べてインフレの波及が比較的限定的でした。

マレーシア中央銀行(Bank Negara Malaysia)は、基調的な経済成長の底堅さと国内物価上昇圧力が抑制されていることを理由に、翌日物政策金利を2.75%に据え置きました3。
一方、エネルギー純輸入国であるタイでは、タイ銀行(Bank of Thailand)が為替防衛を積極的に進めるよりも経済成長を優先し、緩和的な政策スタンスを維持する方針を改めて示したことを受け、10年国債利回りは低下しました4。

これに対し、フィリピンでは、原油価格の上昇を背景にフィリピン・ペソが過去最低水準まで下落し、中央銀行は直ちに対応を迫られました。フィリピン中央銀行(Bangko Sentral ng Pilipinas)は、大規模な市場介入ではなく、為替市場における慎重な対応を選択しました。これは、十分な調整がないまま外貨準備高を取り崩すことに対して慎重な姿勢を維持したためです。

従来の課題に対する新たな政策手段

政策金利による対応の余地が限られる中、各国政府は、現地通貨建て債券に対する需要をより構造的かつ金利変動の影響を受けにくい形で創出できる可能性のある政策手段の活用を進めました。

日本では、国債発行増加への懸念とエネルギー価格上昇に伴うインフレ圧力を背景に、2026年7月9日に10年物日本国債(JGB)利回りが2.88%と数十年ぶりの高水準に達しました。その後、片山さつき財務大臣が、非課税制度であるNISA(少額投資非課税制度)の対象に日本国債を追加する可能性や、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産配分見直しについて言及したことを受けて、利回りは一時的に低下しました。これは、GPIFに対する正式な政策権限は限定されているものの、個人投資家や年金資金の活用を促進しようとする姿勢を示したものと受け止められました。

一方、より具体的な施策も導入されました。韓国では、企画財政部が海外機関投資家に対し、一時的な当座貸越を通じた韓国ウォンの借入れや、ウォン建て債券を担保として利用することを認めました。これにより、韓国の通貨市場へのアクセスが拡大しました。
また、香港金融管理局(HKMA)は人民元(RMB)ビジネス・ファシリティの規模を5,000億元(約740億米ドル)へと従来の2倍超に拡大しました5。これにより、オフショア人民元の資金調達を行う銀行の流動性へのアクセスが向上しました。

 

資産横断的なボラティリティと政策的な示唆

2026年7月に起きた一連の出来事は、アジア各国・地域の経済が地政学的ショックを吸収する方法がそれぞれ異なることを浮き彫りにしました。また、当局がどのように現地債券市場を支えることができるのかも示されました。

こうした債券市場の不確実性は、地域全体における幅広い資産価格の見直しと歩調を合わせて進みました。特に韓国では、テクノロジー関連銘柄のバリュエーション調整や半導体企業の期待を下回る業績を背景に、2026年7月にKOSPI指数が下落しました。

一部の取引日では、海外投資家による大幅な株式売りと韓国ウォン安が同時に進行しました。一方で、別の取引日には株価が下落する中でも韓国ウォン相場は安定的に推移しました。これは、株式市場や為替市場で生じた変動が債券利回りにも反映されることを示しています。
国債利回りが上昇し、現地通貨に下落圧力がかかる中でも、アジアの投資適格債のスプレッドは引き続き低い水準にとどまりました。これは、限定的な起債供給と、良好に管理された企業のバランスシートに支えられたためです。

変化する政策対応の枠組み

債券市場の安定化は、もはや政策金利の調整だけで対応できるものではなくなっています。

投資家が資産配分を見直す中、アジアの現地通貨建て債券市場の底堅さは、各国・地域の中央銀行が米連邦準備制度理事会(Fed)の金融引き締め姿勢にどの程度歩調を合わせるかよりも、市場への圧力が高まった際に政策当局がどのように構造的な緩衝策を活用するかに左右される可能性が高いと考えられます。

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