Anqi Dong, CFA, CAIA
Global Head of Sector Strategy
David Huang
Senior Sector Research Strategist
Shalabh Gupta
Senior Equity Research Analyst
Stephen W. Kao, CFA
Senior Equity Research Analyst
ヘルスケアセクターはここ数年、相対的に低調なパフォーマンスが続いていましたが、再び勢いを取り戻しつつあります1。最近発表された、Moderna社およびMerck社の個別化mRNAベースのがん治療薬に関する第3相臨床試験結果に対して市場が好反応を示したことは、同セクターのイノベーションの可能性に加え、臨床的に意義のある進展を市場が評価する姿勢を示す一例です。
市場のボラティリティが高まる中で同セクターがアウトパフォームしている最近の状況は、典型的なディフェンシブ・セクターの特徴に見えるかもしれませんが、その長期的な成長機会はイノベーションとの関連性を強めつつあります。GLP-1受容体作動薬や人工知能(AI)を活用した創薬から、精密腫瘍学(がん精密医療)、細胞・遺伝子治療、手術支援ロボットに至るまで、ヘルスケア分野におけるイノベーションの次の波は、成長機会を広げ、患者の治療成果を改善し、潜在市場を拡大する可能性があります。これにより、同セクターの長期的な成長見通しと株式ポートフォリオにおいて果たし得る役割が強まるものとみられます。
こうした背景を踏まえ、ステート・ストリートのアクティブ・ファンダメンタル株式運用チームに所属するShalabh GuptaとStephen Kaoにインタビューを行い、今日のヘルスケア投資家にとって最も重要と彼らが考えるイノベーションのトレンドや、こうした進歩がイノベーション主導の成長機会を通じて、同セクターの典型的なディフェンシブな特徴がどのように変化していくかについて議論しました。
GLP-1受容体作動薬は2005年に糖尿病治療薬として登場し2、その後、減量薬として現在のような商業化の段階に至りました。次の段階では、GLP-1の適用範囲がさらに広がり、心血管疾患、睡眠時無呼吸症候群、腎臓病、関節疾患、さらには2型糖尿病への進行など、肥満に関連する疾患にまで及ぶものと見込まれます。その適用範囲の拡大から即座に影響を受けそうな大規模なヘルスケア市場も幾つかありますが、その機会は「消費者主導型の肥満治療市場」と「特定の肥満関連疾患に関連する医療市場」という、2つの異なる経路に沿って拡大しつつあります。
したがって、予測される商業的な拡大規模はきわめて大きく、世界のGLP-1受容体作動薬の売上高は2035年までに1,900億ドルに達すると見込まれており、これは2025年に記録された総売上高(790億ドル)の2倍を上回っています3。普及率も上昇すると予想されており、米国における肥満または糖尿病患者人口に占める採用率は2025年の約6%から2035年には30%に増加し、国際的な採用率は約2%から10%に上昇すると見込まれます4。経口製剤、保険償還範囲の拡大、海外市場における低価格でのアクセス拡大が、市場規模拡大の鍵になるとみられます。
医療上の適応も、単なる減量にとどまらなくなっています。GLP-1受容体作動薬をベースとする治療法は、すでに心血管リスクの低減、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、慢性腎臓病の分野へと拡大しています。そして、神経疾患、炎症性疾患、その他の肥満関連疾患の分野で続いている研究により、このカテゴリーは単一適応症の市場ではなく、より広範な心血管代謝プラットフォームへと発展する可能性があります5。また、より幅広い疾患に対する治療成果を向上させるため、企業がGLP-1受容体作動薬を既存の治療法と併用する治験を行っていることから、併用療法も重要になる可能性があります。
投資の観点から見ると、注射剤や経口製剤、製造能力、幅広いパイプライン、そして大規模な臨床転帰試験のために資金を投じることのできる財務基盤を備えた大型・超大型の有力企業は、そのポジションを維持するのに有利な立場にあります。一方、中小のバイオテクノロジー企業も、差別化された分子、耐容性の向上、筋量の維持、あるいは大手企業がライセンス契約や買収を行う可能性のある併用療法を通じて価値を創出することが依然として可能です。
医療機器市場への影響は、全面的な代替ではなく、程度の差を伴う部分的な変化になる可能性が高いと考えられます。体重管理の改善により、肥満手術、関節置換術、睡眠時無呼吸症候群の治療、あるいは一部の心血管系手術を遅らせることができるかもしれませんが、完全に必要性がなくなるわけではありません。同時に、高齢化の進展と低侵襲治療における継続的なイノベーションにより、長期的な医療処置件数は高水準を維持する可能性が高いと思われます。
AIはすでにヘルスケア分野で活用されており、反復作業を削減できる事務処理の自動化などの業務を遂行しています。また、AIを活用した画像診断はスキャン画像の読影を迅速化し、異常をより正確に特定するのに役立っています。コンサルティング会社McKinseyの調査によると、AIエージェントは製薬および医療機器業界のワークフローの約4分の3に当たる業務を高度化または自動化することができ、組織全体で大きな業務余力を創出することができます。今後3年から5年の間に、AIエージェントによって両業界の売上増加率やEBITDA利益率は数パーセントポイント向上する可能性があります6。
一方、より大きな成果は研究開発分野にあるかもしれません。この分野では、生産性のわずかな向上であっても、財務的にきわめて大きな影響をもたらす可能性があります。現在、ヘルスケアセクターにおける医薬品開発はコストと時間がかかる上、成果を上げられないことが多いために開発期間とコストが一段と増大しています。
AI関連ツールは、化合物のスクリーニングや生物学的ターゲットの特定から、患者と臨床試験のマッチング、さらには成果の見込めないプログラムを早期に優先順位から外すことまで、多くのプロセスを支援できます。企業にとっては、これは開発コストの削減、資本効率の向上、患者のスクリーニングの精度向上、技術的および規制面での成功確率の向上といった直接的な財務的メリットにつながります。また、医薬品を早期に市場に投入することにより、特許満了前の販売期間を延長させることも可能です。
初期の実証結果から、こうしたAI関連のメリットはより具体的なものになりつつあります。たとえば、医療データ・分析サービスを提供するIQVIA社による2026年の分析によると、直近3年における新興バイオ医薬品企業のAI活用プログラムの第1相試験成功率は75%で、第1相試験全体のおよそ40~50%を上回りました7。他の大手企業も同様の結果を報告しており、Merck社は、同社の生成AIプラットフォームにより、臨床試験報告書の人的レビュー時間が180時間から80時間に短縮され、文書上の誤りが50%減少したと述べています8。一方、Pfizer社は、初稿作成時間が40%短縮され、原稿提出までの合計時間が15%短縮されたと報告しています9。
一方、そのメリットは医療バリューチェーン全体では不均一になる可能性が高く、AIの成長は一部の企業にリスクをもたらす可能性さえあります。たとえば、より多くの研究が物理的な実験室での実験ではなく、コンピュータ・ベースの試験やモデリングへと移行すると、初期段階の実験室用ツールは代替リスクに直面する恐れがあります。同時に、医薬品開発業務受託機関(CRO)は、内製化によって一部の業務を失う可能性があります。とはいえ、有望な創薬候補が増えれば臨床試験の需要も高まり、研究ツールや外部委託サービスに対する追加需要が生まれることになり、こうした圧力は部分的に相殺される可能性があります。
対照的に、バイオプロセス、品質管理、薬剤の充填・包装および受託製造といった下流工程では、AIによる分子設計の迅速化や効率化が進んだとしても、医薬品の物理的な製造、試験、包装は引き続き必要となるため、AI関連の影響は比較的少ないと見込まれます。
がん精密医療は、幅広い患者に一律に適用される治療法に代わり、患者の腫瘍が持つ固有の生物学的特性に基づいて設計された治療法を導入することにより、がん治療を変革しています。最も有望な進歩は、個別化mRNAベースのがんワクチンと抗体薬物複合体(ADC)の2つです。Moderna社のメラノーマmRNAワクチンなどの個別化mRNA療法は、患者のがんの遺伝子プロファイルを活用して、残存するがん細胞を標的とするよう免疫系を訓練するものです。一方、ADCはがん細胞を死滅させる薬剤を腫瘍細胞に直接送り込むことにより、抗体の精度と化学療法の効力を組み合わせるものです。これらの技術は、イノベーションによってがん治療がいかに標的を絞ったものとなり、有効性を高めつつ健康な組織への損傷を低減しているかを示しています。
さらなる臨床試験や規制面での取り組みが必要ではあるものの、個別化mRNAベースのがん治療には商業的な機会が生まれつつあります。Moderna社とMerck社のメラノーマ(悪性黒色腫)を対象とした第3相臨床試験での良好な結果は、この分野での進展を示す最近の事例の一つです。このアプローチは、肺がん、膀胱がん、腎がんの分野でも研究が進められています10。その他の腫瘍タイプでも成功を収めれば、同じ治療設計と製造プラットフォームを用いて、多くの場合、確立された免疫療法と併用しながら複数のがん領域の開発プログラムを支援できるようになり、商業的な機会がさらに広がる可能性があります。
一方、ADCは概念実証の段階を超えて確立された治療薬クラスとなっており、パイプラインの拡大、承認プロセスの効率化、および取引活動の活性化を支えています。パイプラインの価値は2025年に40%上昇し、過去5年間の複合年間成長率は22%となっています11。一方、売上高は2032年までに570億ドルを超えると予測されています12。大手製薬会社の関心は依然として高く、直近の例として、Gilead社が2026年にADC開発企業のTubulisを約50億ドルで買収した取引が挙げられます13。
さらに、ADCのビジネス機会は、単一の治療法にとどまりません。ADCは単独でも既存の治療法との併用でも、さまざまな腫瘍タイプを対象に研究が進められています。もっとも、現在では多くの企業がADCの開発に取り組んでいるため、どのプラットフォームが傑出した存在になるかは有効性と臨床データの質に左右されると思われます。
経済的価値のほとんどは、成功した治療法を保有する企業に帰属する可能性が高いとみられます。精密医療の成功は適切な患者の特定に左右されるため、診断やスクリーニングは重要です。しかし、より大きな利益の源泉は、実際の医薬品を開発するバイオ医薬品企業に残る可能性が高く、成功した治療法が精密腫瘍(がん)医療におけるビジネス機会の中心であり続けると思われます。
細胞・遺伝子治療は、慢性疾患を管理する治療から、根治の可能性を目指す治療へ移行するうえで、最も明確な道筋の一つを示しています。短期的な商業的進展が最も期待できるのは、主に単一の遺伝子欠損によって引き起こされ、かつ標的遺伝子が明確な疾患です。血友病や脊髄性筋萎縮症がその代表的な例です。対照的に、多くのがん、心血管疾患、代謝性疾患など、複数の遺伝子が関与する疾患の治療は依然として長期的な目標となっています。
ビジネス機会はきわめて大きいものの、商業的な普及は、企業がこれらの治療法を拡張性が高く、信頼性があり、経済的に実現することができるかどうかにかかっています。細胞療法は特に複雑です。なぜなら、患者一人ひとりに合わせた治療を行うためには、患者の細胞を採取し、改変し、検査を行い、厳重に管理された「静脈から静脈へ」のプロセスを通じて患者に戻す必要があるからです。自動化により労力を削減し、一貫性を高め、生産の成功率を上昇させ、所要時間を短縮することは可能ですが、このモデルは大量生産される医薬品よりもコストが高い状態が続くと考えられます。
こうした製造上の複雑さが、最終的には経済的議論の中心になります。しかし、表面的な価格が高いからといって、必ずしも経済合理性が低いとは限りません。100万ドルを超える一回限りの治療であっても、高額な長期入院や処置・手術、長期にわたる薬物療法に代わるものであれば、合理的な選択となり得ます。より難しい課題としては、再治療を必要とせず持続的に疾患のコントロールが可能かどうか、適切な患者を特定できるかどうか、製造に信頼性があるかどうか、そして初期費用を誰が負担するかといった点が挙げられます。
投資家にとって重要なのは、科学的な可能性と商業的な実現可能性を区別することです。したがって、最も有望な投資対象は、明確な生物学的根拠、実証された臨床的有効性、そして生産と保険適用に向けた信頼できる道筋を兼ね備えた治療法になる可能性が高いと言えます。
外科用ロボットは多くの先進的療法より確立されていますが、普及は依然として初期段階にあり、長期的な成長余地を支えるのに十分な状況です。世界の外科用ロボット市場は、2025年の230億ドルから2030年までに520億ドルへ成長すると推定されており、これは年平均成長率が約18%であることを意味します14。現在、ロボット手術件数は世界の外科手術件数のわずか8%程度にすぎず15、システムの価格が手頃になり、性能が向上し、病院の業務フローへの統合が容易になれば、地域や医療処置の面で大きな未開拓領域があることを浮き彫りにしています。
コストは依然として導入時における最大の障壁となっています。病院は、システムの初期費用に加え、器具や消耗品にかかる継続的な費用、研修費用、手術室の要件などを考慮しなければなりません。しかし、リースや使用量に応じた契約、下取りプログラム、耐久性の高い器具などを活用することによって初期のハードルを下げ、1件あたりの手術コストを削減することが可能です。これにより、小規模な病院、日帰り手術センター、および海外市場への普及促進が可能になると思われます。
とはいえ、価格だけで市場をリードできる可能性は低いと思われます。外科医や病院は、信頼性、器具の品質、画像診断機能、人間工学、使いやすさ、そして患者の治療成績を重視しています。プラットフォームを切り替えることは、外科医の再研修や手術室のワークフローの調整も意味するため、臨床成績とエコシステムによるサポートはコストと同様に重要です。この分野の有力企業は、継続的な研究開発と外科医・病院との緊密な関係に支えられ、市場の50%を超える市場シェアを有しています16。新規参入企業は、よりコンパクトなシステムや低コストにより普及を拡大することは可能ですが、既存のプラットフォームを置き換えるためには、少なくとも既存企業の能力に匹敵する水準に達する必要があります。
次の成長局面は、普及拡大とイノベーションの両面からもたらされる可能性が高いと言えます。具体的には、画像品質の向上、力覚フィードバック、より柔軟な手術器具、単一切開システム、低侵襲な手術方法、新たな術式への適用拡大などが挙げられます。投資家にとって最も魅力的なのは、大規模かつ確立された導入実績があり、手術器具の継続的な使用が見込まれ、強固な臨床エビデンスがあり、外科医の間で高い習熟度を兼ね備えたプラットフォームでしょう。こうした優位性を短期間で構築することは難しく、ロボット手術の普及が進むにつれて、既存の有力企業が引き続き恩恵を受ける要因になるとみられます。
ヘルスケア・セクターが最後に主導的地位を継続的に占めた時期は2011~2015年で、当時このセクターはS&P500®指数の中で最も良好なパフォーマンスを上げていました17。そのパフォーマンスのけん引役は、C型肝炎、がん、免疫疾患に対する画期的な治療法を含むバイオ医薬品の強力なイノベーションの波に加え、医療提供者を支えた「患者保護並びに医療費負担適正化法(通称:オバマケア)」に基づく保険適用範囲の拡大でした。
しかし、同セクターの次の局面はイノベーション主導の成長によって再定義されつつあります。この変革は、GLP-1受容体作動薬、AI、精密腫瘍(がん)医療、細胞・遺伝子治療、外科用ロボットなど、多方面にわたって進行しており、対象市場の拡大、生産性の向上、治療経路の再構築に寄与しています。これらのビジネス機会はそれぞれ成熟度が異なる段階にありますが、ヘルスケア・セクター全体で進行しているより幅広いトレンドとイノベーション・サイクルを示しています。
次の成長サイクルが前回と同じ展開になる可能性が低いものの、ヘルスケアは依然として、ディフェンシブな特性とイノベーション主導の成長を兼ね備えた数少ないセクターの一つです。そのため、株式ポートフォリオにおける有力な分散投資先であり、さらにイノベーションへの傾斜が強まりつつあることで、相対的に競争力のあるパフォーマンス特性を備える可能性もあります。