2022年の金のパフォーマンスは、「サプライズ」という一言に尽きるかもしれません。株価指数が弱気相場入りしたことによる株式市場のボラティリティ上昇、ロシアのウクライナ侵攻による欧州の地政学的混乱の長期化懸念、世界経済の成長見通しの重石となる数十年ぶりの高インフレなど、金価格を下支えするカタリストがいくつもあったにもかかわらず、金は期待通りのパフォーマンスとならず、一部の投資家にとってサプライズと言うべき結果となりました。
一方で、米連邦準備制度理事会(FRB)の積極的利上げ、実質利回りの上昇、20年ぶりの高水準となったドル高1、中国国内で繰り返されるロックダウンによる、金需要への影響に直面しても持ちこたえる金の底堅さやポートフォリオを支える耐久性に驚いた投資家もいました。
相対的に見れば、金は2022年を通じて非常に好調であり、真実は両者の間のどこかにあると当社は考えています(図表 1)。金は世界の株式や債券をアウトパフォームし、ポートフォリオの分散化に寄与すると同時に、3月上旬には2,070ドル/1オンスを付け、米ドルベースで過去最高値を試す展開となりました2。
図表1世界的な不確実性の高まりにより、金は2023年を通じて相対的にアウトパフォームし続ける見通し
出所:ブルームバーグ・ファイナンス、L.P.、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ。2022年11月30日時点。*2022年第4四半期および年初来のデータは2022年11月30日時点。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを保証するものではありません。金:金スポット価格(米ドル/オンス)、米国株式:S&P500トータルリターン指数、グローバル株式:MSCIオール・カントリー・ワールド・トータルリターン指数、米国債券:ブルームバーグ米国総合債券トータルリターン指数、グローバル債券:ブルームバーグ・グローバル総合米ドル建てトータルリターン指数、米ドル:米ドル指数(DXY)、REIT: FTSE NAREIT All Equity REITSトータルリターン指数、コモディティ:ブルームバーグ・コモディティ・トータルリターン指数。
こうした相反する見方は、2023年も続く可能性があります。最大の逆風は引き続き、特に2023年上半期のFRBによる金融引き締めの動向です。下半期になると、金は長期的上昇トレンドに戻ろうとし、追い風が強まる可能性があります。全体としては、2023年の金見通しに対する好材料は以下の通りです。
FRBは2022年に、インフレ対策としてタカ派へ方向転換しましたが、過去に例を見ない積極的なペースでした。6カ月ほどの間に政策金利を375bp引き上げ3、4回連続で75bpの利上げを実施し、政策金利は2008年以来の高水準となっています4。こうした動きは資本市場全体に波及し、株価指数は概ね2桁の下落率となりました。また、米国10年国債利回りは3.61%と、2022年に入って2倍以上に上昇しています5。一方で、米国の実質利回りは年初時点の-1.10%から230bp超上昇し、2022年11月30日現在で+1.24%となっています6。
米国の期待インフレ率は低下し、金融資産が調整されたことから、インフレを「抑制する」というFRBの目標は概ね達成できたとみられます。その結果、FRBが2023年上半期中に利上げペースを減速、または利上げサイクルを一時停止する可能性が高まっています。金価格は、こうした金利水準の変化に対応して低下し、同時にインフレ期待の低下にも密接に追随しています(図表2)。にもかかわらず、特に実質利回りが急上昇していることを考えると、金価格は過去の平均よりも底堅く推移しています。これは、世界的なインフレの持続、金融市場のボラティリティ、地政学的混乱から、投資需要が高まったことに加え、積極的な金利政策が持続すれば金融システム全体にリスクが波及し、米国、ひいては世界経済が後退する恐れがあるとの懸念が強まったためと思われます。
米国が景気後退入りする可能性が高まるにつれて、投資家が反循環的でディフェンシブなポートフォリオに移行しようとすることで、金は恩恵を受ける可能性があります。米国の過去の景気後退期においては、明らかに金に有利な展開となりました。他の循環局面における金のパフォーマンスを見ても、金は平均的に、景気後退期以外でも好調に推移しています。景気先行指数7に基づくと、景気サイクルの4つの局面のうち3つで、金価格が概ね良好であることを示しています(図表3)。月平均で見ると、金は景気後退期と減速期に最も好調で、米国株式、米国債、コモディティ、米ドルをアウトパフォームしています。米国経済が回復に向かっている期間でさえ、金は、米国債や米ドルといった他のディフェンシブなポートフォリオ資産と肩を並べ、プラスのリターンを示しています。
米国の名目金利と実質金利が急上昇したことによる、もう1つの結果として、米ドルが他の通貨に対して急騰しました。2022年にドルの強気相場が出現したことは明らかに予想外であり、ドル需要の高まりを受けてドルスポット指数は2002年以来の高水準に達しました(図表4)。
過去において金と米ドルにはマイナスの相関があることから、今年出現したドル高環境で、金は圧力を受けています。しかし、2023年に金融政策の転換または一時停止が予想されていることや、他の世界経済の平均回帰が米ドルに圧力をかける可能性があります。そうなれば、穏やかなドル環境に対するヘッジを求める米国の投資家の間で、金への関心が再燃するかもしれません。
米国以外の金投資家にとっては、金のパフォーマンスは対照的な展開となっています(図表5)。円建て、英ポンド建て、ユーロ建ての金価格は、2022年に現地通貨建ての投資家にプラスのリターンをもたらしています。また、人民元やインドルピーといった新興国通貨建てでも、米ドル建ての金価格に対して、大幅なアウトパフォームとなっています。
このような世界的な通貨安の動きは、意図的なものであれ(米ドル高、および賃金やコモディティ価格上昇の結果)、あるいは偶発的なものであれ(2022年の英国のような財政政策の誤りによる)、価値の保存という金投資における特性を浮き彫りにしています。これは、米国の金利上昇やドル高にもかかわらず、金の投資需要が世界的に高まった理由の一端を説明しています。つまり、通貨安やインフレ圧力による購買力の低下から、資産を守ることが目的なのです。また、世界の株式や債券のボラティリティが上昇し、特に新興国市場はドル高や金利上昇の影響を大きく受ける中、金はそのヘッジとしての役割も期待できます。
最近の金のパフォーマンスに非常に満足している世界の投資家に加え、今後ドル高が足元の高水準から調整されれば、米国の投資家の間でも金への関心が再び高まるかもしれません。その結果、金に対する投資需要は、世界的にバランスの取れた状態になる可能性があります。
2022年における世界の金需要は、投資、宝飾品、中央銀行といった主要セクターで堅調に推移しました(図表6)。実際、過去5年間の四半期平均需要を見ると、新型コロナウイルスのパンデミックは金需要に重大な影響を及ぼし、2018-2019年の四半期平均需要が約1,102トンだったのに対し、2020年の四半期平均は913トンでした8。しかし、2020年に落ち込んで以降に金需要は回復し、2021-2022年の四半期平均は1,058トンと、パンデミック前のペースをほぼ取り戻し、長期トレンドに沿った水準となっています9。これは、金をめぐる基本的要因が2023年に向けて力強く推移していることを示す、健全な兆候です。
中国では、新型コロナウイルス対策として現在も続いているロックダウンが逆風となり、中国の金需要は影響を受けるかもしれませんが、2022年に見られた欧州での旺盛な投資需要や世界の中央銀行による購入は、重要なトレンドとして2023年も持続する可能性があります。特に中央銀行による純購入は大きな需要源であり、第3四半期には中央銀行の保有量は400トン増となり、四半期ベースで過去最高の増加幅になったとみられます。これにより、中央銀行による2022年年初来の金需要は既に、過去最高水準となった2018年と2019年の年間需要に匹敵するレベルに達しています。
図表6:世界の金需要は、パンデミックによる2020年の低水準から、回復が続く
出所:ワールド・ゴールド・カウンシル、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ。データ期間は2018年1月1日~2022年9月30日。データは、それぞれの金セクターにおける、四半期ごとの世界の金需要を反映しています。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを保証するものではありません。
足元の金融政策やマクロ経済環境に対応した投資活動が、2023年初頭まで金価格を牽引し続けるとみられますが、世界の金投資需要が引き続き堅調に推移し、今後さらに成長する可能性があることを示す、心強い兆候も見られます。
2022年の世界の金投資需要は、金地金/金貨の小売需要と金ETF需要に二分されます。世界の金ETF需要は変動が大きいですが(年初来の需要は第3四半期時点で6.7トン10)、一方で金地金/金貨の小売需要は安定的に伸びています(図表7)。2022年第3四半期に、金地金/金貨需要は、トルコ、中国、インドに牽引され、四半期ベースでは2021年第1四半期以来の高水準となり、年初来で見ると欧州が最も大きな割合を占めています。世界的な金地金/金貨需要の伸びは、金投資に対する根強い需要を浮き彫りにしています。全体として、これは、特に2023年の不透明なマクロ経済環境の中で、金投資が底堅いことを示す良好な兆候です。
金の年初来リターンがマイナス3.3%であることだけに着目すると11、金が分散されたポートフォリオにもたらす恩恵を見落とすことになります。2022年は、株式市場が弱気相場入りし、ロシアがウクライナに侵攻し、インフレ率が数十年ぶりの高水準に達し、株式と債券の伝統的な負の相関関係が崩れた年でした。これらの要因を考慮すると、金は足元の市場環境を極めてよく乗り切っています。実際のところ、株式と債券に60/40の割合で配分したグローバルなポートフォリオで、全体の10%を金に配分した場合、金に配分しないポートフォリオを、年初来で0.98%アウトパフォームしています(図表8)。
2022年上半期には、S&P500指数は20%下落し、金を含むポートフォリオは150bps近くアウトパフォームしました。下半期に株式市場は上昇しましたが、金はポートフォリオの分散化に大きく寄与し、金を含まないポートフォリオと比べて遜色ないパフォーマンスとなりました。最終的に、2022年は、金が独自のリスク管理能力により、ポートフォリオに利点をもたらすことを示す良い事例となりました。
「不確実性がボラティリティを高める」という2022年のテーマは、2023年も引き続き、投資における最重要検討事項の一つとなりそうです。2023年に予想される市場リスクは以下の通りですが、これらに限定されるものではありません。
金は、ボラティリティが持続した場合に、投資家のリスクを軽減するための有効なツールとして機能し得ます。歴史的に見て、金はボラティリティが高い時期に株式、債券、米ドル、原油をアウトパフォームしてきました。これは、株式市場のインプライド・ボラティリティだけでなく、金利や通貨のボラティリティが上昇した時の、平均月次リターンでも同様です(図表9)。不確実性が続く中、投資家は今後も、分散されたポートフォリオのリスク軽減戦略の一環として金に注目すると思われます。
上記のテーマを勘案すると、2023年の金の見通しについて3つのシナリオが浮かび上がりますが、金価格の上振れを想定して、わずかに上向きに偏っています。これにより、基本シナリオの可能性が最も高く、弱気シナリオと強気シナリオの確率が同じという、バーベル型の結果となっています。
図表10:2023年上半期は金に逆風が吹き、下半期に強含みとなる可能性
出所:ブルームバーグ・ファイナンス、L.P.、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ。データ期間2013年1月1日~2022年11月30日。過去のパフォーマンスは、将来のパフォーマンスを保証するものではありません。
より広範な市場に関する考察は、 2023年グローバル市場展望 をご覧ください。ここでは、マクロ経済をめぐる懸念と市場の将来に対する慎重な楽観とのバランスの取り方について論じています。また、 当社ゴールド戦略チームのコメント もこちらからご覧いただけます。